『十五年ぶりのはじめまして』【1】

「本当に、いいのか?」
 健介は荒い息を繰り返しながら、彼に組み敷かれた菜乃に訊ねた。
「うん、お願い……きて」
 健介は、菜乃の目をジッと見つめながら腰を落とした。健介の愛撫で既にびしょ濡れになった秘部に、そそり勃つ彼自身をそっと宛うと、ゆっくり挿入し始めた。
 予想すらしなかったその大きな異物に、菜乃は思わず目を閉じた。
(い、痛ッ!! 初めての時って、こんなに痛いものなの?!)
 
 
 ―――数時間前。
 
「ちーす。俺、野島健介、J大2年。どうぞよろしく」
(えっ?! のじま、けんすけ?)
 菜乃はハッとすると、面を上げた。
(もしかして……、あの健介、なの?)
 男のくせに、大きな目にぱっちりとした二重瞼は、男にしておくのはもったいないほどだった。
 昔から、健介がその目のせいで女の子と間違われていたのを、菜乃はよく覚えていた。
 やっぱり、彼はアノ健介だ!
 そう感じた瞬間、健介が視線を菜乃に向けた。二人の視線が交わった時、一瞬に火花が散ったのがわかった。
「じゃぁ、とりあえず席替えと行こうぜ!」
 幹事の一人が声を張り上げて楽しそうに言った。
 5対5のコンパ……。本当は行きたくなかった。
 だけど、友達にどうしても面子が足りないと言われ、菜乃は仕方なくメンバーに加わった。
 まさか、そのコンパで健介と再会するなんて!
 
 席替えの合図で、男女交互に座る。菜乃の左隣が健介、右隣がもう一人の男性・添田という男だった。
「桜田菜乃って可愛い名前だね、君にぴったりだよ!」
 菜乃は、添田に軽く微笑んだ。
(あぁ〜、やっぱりコンパだなんて大嫌い! いつもお決まりの文句……どうしてコンパなんてするの? こんなの……まるでヤル事が目的みたいじゃない)
「菜乃?」
 そう囁かれると、菜乃はビクッと躯を震わせた。声がした方向へ、添田とは逆にいる健介へと視線を向けた。
(健介……わたしを、思い出してくれた?)
「……はじめまして、桜田さん」
 ……はじめ、まして?
(……違う、わたしたちは初めて会ったんじゃない、幼稚園に行く時、一緒に仲良く手を繋いだじゃない!)
 いつも幼稚園内の運動場で、健介は菜乃を追いかけては側にいてくれていた。菜乃の事が好きだって言ってくれたのに……
 もちろん、そんな小さな時の言葉なんて、何でもないという事はわかってる。
(だけど、あんなに一緒にいたのに……わたしの事を忘れちゃうなんて、あんまりよ!)
 菜乃は、覚えてもらえてなかった悔しさから、そっぽを向いた。
 しかし、菜乃の横顔を見つめる健介の視線は、痛いほど感じていた。
 
 菜乃は、いつもと違ってお酒をがぶ飲みした。
 添田の話しを微笑みながら聞いてはいたが、意識は左隣の健介へと飛ぶ。その健介は、菜乃の友達の一人の悠子と楽しそうに笑ってる。
 ムカムカしてきた。
(確かに、最初に無視したのはわたし……。だけどここまで無視しなくてもいいんじゃないの?)
 菜乃はやけになって、煽るようにソルティードッグを飲み干した。
「おまちかね、王様ゲーム〜♪」
(何が王様ゲームよ! こんなの……面白くも何ともない!)
 だが、そういう言葉は場に相応しいとは言えず、菜乃はグッと堪えてゲームに参加した。
 最初はお決まりコースで、軽いものから始まった。
 菜乃は運良くかすりもせず、ひたすらお酒ばかり呑んでいた。
 楽しそうにするのも楽じゃない。顔が強ばりそうだった。
「じゃ、3番と……10番が……このきゅうりのスティクを一緒に食べる!」
「やだぁ、あたしじゃない!」
 悠子の甲高い声が、菜乃の耳に届く。
「じゃぁ、悠子ちゃんと俺か」
 悠子ちゃん?!
 健介は、スティックを口に咥えると、悠子にも咥えさせる。
 
 ポリポリポリ……。
 
 二人の唇が接近し、菜乃の見ている前でゆっくり重なった。
 思わず瞼を閉じた。
(嫌だ、嫌だ……)
 菜乃は、今自分の気持ちがはっきりした。
 健介に初対面だと思われたあの悲しみが、今では激しい嫉妬に変化している。
(まさか! だって、あれは初恋で……ずっと会ってなくて……もちろん覚えていたけど、好きとかではなくて……)
 なら、どうして健介には誰ともキスして欲しくないって思ってるのだろうか? ……どうしてさっきのが悠子ではなく、菜乃であったらと想像しているのか?
 ……もう、気持ちを誤魔化す事は出来なかった。
(初恋が、現実の恋になるなんて……。健介とは一言も話してない。ただ、目が合っただけ。なのに、わたし……こんなに健介の事をっ!)
 菜乃は、その場に居たたまれず、いきなり立ち上がった。
 途端、ふらふらするのが感じられた。
(ヤバッ、わたし飲み過ぎたかも……)
「菜乃? どうしたの?」
 悠子が、可愛らしい声で話しかけてくる。
 これは、狙いを定めた……という合図でもあった。もちろん、悠子が誰を相手として選んだのか、菜乃にははわかっていた。
 ……健介だ。
「う〜ん、化粧室行ってくる」
 それとなくわかるように、菜乃は悠子に視線で合図を送った。
 悠子は、わかったと頷く。
 それは、もうお決まりの仕草だった。コンパ嫌いの菜乃が、その場から抜け出す合図。
 菜乃は、さりげなくバッグを肩にかけた。
「……何で鞄を持っていくんだ?」
 下から見上げるように、突然健介が言った。
 菜乃は無表情を装い、健介を見た。
(もう会うこともない、初恋の男の子。……さようなら)
「そういう事を訊かないのが、紳士ってもんだよ」
 大げさに微笑んで見せてから、菜乃はふらつきながらも化粧室へ向かった。
 
 
 
 化粧室内にある鏡で、菜乃は自分の顔をジッと見つめた。
(どうして、わたしの事がわからないの? わたしの顔って、幼稚園の頃から全然変わってないのに。もちろん化粧だってしてるし、背だって伸びたし、胸だって……大きくなった。だけど、根本的なとこはどこも変わってないのに)
 健介にしてみれば、過ぎ去った幼い記憶ってところか……
(もういい! これで会う事はもうないんだし。さぁ〜、もう帰ろう。今日の役目は、十分果たしたんだから)
 菜乃は、鏡に映る自分に向かって頷くと、前髪を少し直してからバッグを掴んだ。
 化粧室のドアを開けると、店の出入り口の方へ歩き出した。
 しかし、角を曲がったところに一人の男性が佇んでいた。目を凝らしてよく見ると、そこには壁に背を凭れさせて腕を組んだ健介本人がいた。
 菜乃はビックリして、思わず立ち止まってしまった。
 それがいけなかった。
 いつもなら大丈夫なのに、今日はお酒を飲み過ぎてしまってる!
 ふらついた途端、健介が手を伸ばしてきた。菜乃は健介の腕に支えられる結果になってしまった。
 菜乃は唾を飲み込むと、自然と顎を上げるようにこちらを見下ろす健介を見上げていた。

2003/07/07
  

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