「あまり遠くに行ったらダメだからね」
「はーい!」
小さいリュックは、さくら組・つばき組・うめ組といったクラス毎に分けられて置かれていた。
見張りとして、その場所に年長の先生が座り込む。若い先生は、園児が危ない事をしないように走り回っていた。
―――幼稚園の遠足の日。
「なのちゃん、あっちいこ」
同じさくら組で友達の眞耶が、菜乃の手を引っ張った。
その子の胸にはたかはし まや=A菜乃の胸にはかわはら なの≠ニ、さくらの形をした名札が付いていた。
仲良く手を繋ぐと、小さな足を一生懸命動かしながら走り回った。途中でピタッと足を止め、花畑にしゃがみ込む。
「キレイだね」
「うん! なの……きいろいおはな、だいすき♪」
菜乃は、長くて綺麗な花を見つめた。
「つぎ、あっち!」
眞耶は、またもや菜乃の手をしっかり握ると、違う花畑へと引っ張った。
「まやのおうちね、いつもきれいなおはながあるの」
「ふぅ〜ん、きれいでいいね」
菜乃が感心しながら頷いてる時、誰かが肩をトントンと叩いた。
菜乃が振り向くと、そこにはのじま けんすけ≠フ名札を付けた健介が立っていた。
「なのちゃん、ボクとあそぼ」
健介は、菜乃と同じマンションに住んでる。その為、二人はとても仲が良かった。菜乃は健介に満面の笑みを向けた。
「いいよ」
「ダメ!」
菜乃が返事をした途端、眞耶が立ち上がった。何をするのかと思えば、手で健介の腕を叩いた。
「まやちゃん……」
そんな事をしたら駄目だと言おうとしたのに、眞耶は菜乃を見ようとはせず健介を睨んでいる。
「まやが、なのちゃんとあそんでるの」
「でも、なのちゃん……いいっていった」
「まやがダメっていってるの」
睨み合う二人を見て、菜乃はおろおろした。
「みんなで、いっしょにあそぼうよ〜」
「なのちゃんは、あたしとあそびたくないの?」
菜乃は、激しく頭を振った。
(ただ、みんなとなかよくあそびたいだけ。ただそれだけ……)
「なのちゃんは、ぼくとあそびたくないんだ」
菜乃が何も言わないからか、健介が寂しそうに呟いた。
「あそびたいよ!」
「でも、なのちゃんはぼくより……まやちゃんといっしょがいいんだ!」
健介はクルッと背を向けると、二人から遠ざかるように走り去って行った。
「けんすけくん!」
いくら菜乃が叫んでも、健介は立ち止まる事なく、遊具が立ち並ぶアスレチックの方へ向かった。
「なのちゃん、いこ」
眞耶に手を取られるが、菜乃は足を踏ん張ってその場から動こうとしなかった。
「なのちゃん?」
「……いかない。わたし、ココにいる!」
菜乃は、意志を貫こうと素早くその場に座り込んだ。
しばらく眞耶の足が視界に入っていたが、菜乃が頑になって動こうとしないのがわかると、眞耶は何も言わず走り去った。
眞耶がいなくなっても、菜乃は地面を歩くアリを見ていた。
でも、いつしか双の目から涙が溢れ、それがポタポタと落ちて地面を濡らしていた。
「わたしは、みんなであそびたかっただけだもん」
一人でポツンと座り込み、自分だけの世界に入ったその姿は、哀愁が漂っていた。
……まるで、独りぼっちになった迷子のように。