第二章『華の蜜に誘われて』【11】

「乃愛……」
 叶都が顔を寄せてきたかと思ったら、乃愛の唇にキスをした。
「……っぁ」
 キスを受けやすいように面を上げて、首を傾ける。優しく啄ばんでくるその動きは、涙が出そうなぐらい優しく、叶都の気持ちが詰まっているように感じた。
 キスをされているだけなのに、躯の芯が火照り始めてくる。初めて男女が睦み合っている光景を垣間見たせいもあり、下腹部の奥が疼いていた。まだ、誰にも触れさせたことがない大切な秘部まで、勝手に蠢き始める。
 このまま流れに身を任せたい。叶都が求めてくるまま、その手を取りたかった。
 でも、叶都からまだ肝心な言葉を聞いてはいなかった。それを聞くまで、まだ先には進めない。
 叶都の胸を押してキスを中断させると、彼は戸惑った表情を浮かべた。
「乃愛?」
「わたし……最初に言ったでしょ。付き合っている人としかキスをしないって」
「バカだな」
 そう言った途端、叶都はいきなり破顔した。
 今までは誘惑するように口元を緩めたり、思わせぶりに口角を上げたりするだけだったのに、こんな表情をするなんて……
 驚く乃愛を見て軽く咳払いをするが、叶都はすぐに神妙な面持ちを向けてきた。
「今まで、バカなことをしてきたのは認める。正直、欲望に負けたこともあった。でも、あの日……乃愛に初めてキスした時は、半端な気持ちでしたんじゃない」
 要領を得ない乃愛の表情に、何故俺の気持ちがわからないんだ≠ニ言わんばかりに叶都が大きくため息をつく。
 だが、通じないのなら相手にも理解してもらえるように言うしかないと観念したのか、叶都は乃愛の頬を両手で覆い、目を逸らせないように顔を近付けた。
「ああ! もう! つまり……俺は乃愛と出会ってから、乃愛以外の女とキスをしたり、抱きしめたりしたいと思った女は……誰もいなかったってこと!」
「それって、叶都もわたし……を?」
「そういうこと!」
 恥ずかしそうにしながらも、叶都は肯定した。照れを隠すように、そのまま乃愛をベッドに押し倒す。
「キャッ! な、な、何?」
 スプリングのせいで躯が揺れるが、叶都から目を逸らそうとはしなかった。彼だけを見つめる。
「言っとくけど、俺の方が先に……乃愛を好きになったんだからな!」
 頬を染めながらも、叶都は必死に気持ちを吐露する。それが嬉しくて、乃愛は手を伸ばして叶都の両頬を覆った。
「嬉しい……」
 叶都と同じように、乃愛の頬も染まっていくのがわかる。それでも叶都を見上げる。
「……俺、今めちゃくちゃ乃愛が欲しい。駄目かな? 早すぎる?」
 乃愛の心臓が、激しく高鳴った。
「それって、つまり?」
 おずおず訊ねると、叶都がにんまりと微笑む。
「こういうこと」
 叶都が、乃愛のセーターの上から乳房を包み込んだ。
「あっ……」
 たったそれだけで、ブラジャーの下の乳首がピリピリし出した。
「乃愛は、まだ俺のことが好きじゃない?」
 ああ……、お願い! そんな風に揉まないで!――と口に出したいのに、優しく揉みしだくその手つきに、乃愛は何も考えられなくなってきた。
 意識は、全て自分の躯に起こりつつある反応と、叶都が送り込んでくる愛撫に向けられる。
「乃愛?」
「好き……、叶都が好きよ」
 自分から告白してしまうほど相手を好きになるなんて、乃愛にとって初めてのことだった。
 ほんの1ヶ月前まで付き合っていた哲誠とは、キスもしたし、乳房も触られたことがある。
 でも、その手が乳房から滑り下りてそれ以上を求めてきた時、乃愛は必死になって彼の行為を拒んだ。そこまで、哲誠に心を開けなかったからだ。
 なのに、叶都に求められている今は、拒絶するどころか、触って欲しいと心の底からそう願っている。
 愛して欲しいと……、乃愛の全てを知って欲しいと。
 階下には、叶都の母と叔父がいる。
 普通に考えれば、叶都を求めるのは間違っているとわかっている。それでも、乃愛は叶都が欲しかった。
 
「わたし……初めてなの。叶都は、それでも……構わない?」
「えっ? っ……バージン?」
 乃愛は、恥ずかしそうに頬を染めながら頷く。
「だから、叶都が望むように感じられるかわからないし、どうすれば喜んでもらえるのかもわからない。でもね、」
 叶都に抱かれたいの――と言うつもりだったのに、いきなり叶都が手を伸ばして乃愛の口を手で覆った。
「待って! 今、すっげ〜俺を喜ばせてくれているってわかってる? めちゃくちゃ感激してるんだけど」
 叶都の手が乃愛の口から離れると、優しくそっと唇に指を這わせた。
「本当……に、最高! めっちゃ嬉しい」
 乃愛を見ながら、叶都はまたも破顔した。こんな風に嬉しそうに笑えるのが、本来の姿なんだと思うと、乃愛の胸がチクッと痛む。
 まだ知らなくていい世界を知り、成長せざるを得ないことが叶都の身に起こった。
 叶都が辛い思いをしたのは本当に心が痛むけれど、もしそういうことがなければ、乃愛はこうして叶都と出会うこともなかっただろう。
 過去を振り返っても仕方ない。今、乃愛にできることをする。
 乃愛は、両手を差し伸べて叶都を引き寄せた。手をベッドについていた叶都の全体重が、乃愛の躯にかかる。
「叶都と違って初めてで……わたし……緊張してるんだから、あんまり引き伸ばさないで」
 途端、叶都が乃愛の首筋でクククッと声を出して笑った。
「言ってる意味わかってる? 俺的には、簡単には終わらせたくないし……乃愛にはもっととせがんで欲しいんだけど」
 乃愛が言い返そうとしたのがわかったのか、叶都がすかさず唇を奪う。
「……っんん」
 叶都の手がセーターの中に滑り込み、学校指定のブラウスの上から乳房を揉みしだく。セーター越しとは違って、叶都の体温が直に伝わってきた。彼の動きに合わせて乳房揺れているのがわかる。
「ま、待って叶都!」
「うん?」
 乃愛は叶都を軽く押すと、手をついて身を起こした。着たままのコート、ブレザー、セーターを順番に脱いでいく。叶都もそれを見て、ブレザーを脱いで放り投げた。
 髪を後ろに払い、ブラウスのボタンを上から外そうと手を持ち上げた。その手首を、叶都がしっかり掴んで頭を振る。
「それは、やっぱり男の醍醐味だって」
「えっ?」
「いいから……」
 叶都が、順番に乃愛のボタンを外す。
 ひとつ、ふたつと外していくたびに、乃愛の肌が露になっていく。ブラジャーで寄せられた谷間が叶都の目に入った時、恥ずかしさで躯が震えたものの、魅了されたように見つめられると何だか嬉しくなってきた。
 ボタンを全て外さずに、肩に手を置く。着物を肩から滑り落とすように、ブラウスを肘まで滑らせた。
 しどけない姿を叶都に見せていることが、妙に乃愛の女の部分を刺激した。
 こんな姿を、叶都に見せてる……
 それだけで、乃愛の中にとてもエロティックな感情が湧き上がってくる。
 わ、わたしって……もしかしてめちゃくちゃえっちだったの!?――と思わず呟きそうになるのを、乃愛は必死に歯を食い縛って耐えていた。

2011/04/14
  

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