『ミラーゲームに揺さぶられて』【1】

「っぁ、……はぁ!」
 麻衣子は顔をくしゃくしゃにして、潮流の如く襲う甘い快感に何度も躯を震わせていた。
「もっと、もっと……自分を解放してごらん」
 欲望を煽るように耳元で囁いた理崎は、熱い舌を麻衣子の耳朶に這わす。
「っんく……やぁ、っんん」
 
 あまり家具のない、殺伐とした理崎のマンション。
 彼のベッドルームは12畳ほどあるのだろうか。
 ベッドとテレビしか置かれていなかったが、クローゼットに填め込まれた大きな姿見があることで、さらに部屋を広く見せていた。
 初めてこの部屋へ案内された時、こんなにも大きな鏡だったら、出勤時の身だしなみの確認も楽だろうと思い、少し羨ましくもあった。
 
 こんな風に、いやらしい姿態を鏡に映す行為をされるまでは……
 
 麻衣子は裸になり、彼に背中から抱きしめられていた。
 彼の片手は、麻衣子の豊かな乳房を包み込んで乳首を抓み、もう片方の手は秘所を弄っている。
 理崎のあの長くて太い指が、何度も何度も膣内に挿し込まれるたびに、ぐちゅぐちゅと淫靡な音を立てる。
 それほど彼の手で感じさせられているということだろう。
 彼の指が何度も麻衣子の膣内に消えるということは、その動きを助ける愛液が溢れているということだからだ。
 麻衣子は顔をくしゃくしゃにしながら、彼の愛撫に何度も打ち震えた。
 首筋には彼につけられたキスマークの華がいくつか咲いていて、それが目に入るだけで、彼の唇がどんな風に肌を這ったのか鮮明に記憶が甦る。
「……麻衣子、自分の殻を破るんだ。感情を殺す必要はない。心を解放し、躯が感じるまま、望むまま……扉を開けて」
 そんな風に耳元で囁くなんて卑怯よ――そう言えたらいいのに、彼の言葉さえも躯の芯を震わせる。
「ここが、気持ちいいんだろう?」
「あっ! ……だ、ダメッんん、あっ、はぁ、……っ!」
 理崎の指の抽送が速くなる。
 麻衣子の愛液で濡れた茂み、彼のふやけた指を見るだけで何も考えられない。
 彼は巧みな動きで、ぷっくりと膨らんだ赤い蕾を強く擦った。
「だ、メ……っぁ、……っん、い、イク……! あっ、っんんんぁ!」
 強い刺激を受けて、麻衣子はそのまま天高く飛翔した。
 理崎の腕のなかで背を弓なりに反らし、快感の余波を最後の最後まで搾り取るように恍惚感に浸る。
 でも、凄まじい勢いでその名残さえも消えていくと、残念そうにため息をついた。
 
 
 初めて男性の手でもたらされる悦びを知ってから、早3ヶ月。
 こんな風に躯が蕩けてしまうほど気持ちがいいものだとは、あの時は想像すらしていなかった。
 日が経つにつれ、理崎を見ているだけで胸が高鳴り、彼の手で服を剥ぎ取られると思っただけで躯の芯が疼くようになった。
 その欲望を叶えてもらえるのは、週末のみ。
 最初こそ、やっと週末が終わったと思っていた。
 でも今では、週末までの日にちを指折り数える始末。
 それほど理崎の手で乱れながらも、その先に待ち受ける女の悦びを得たいと願ってしまうまでになっていた。
 彼のことが欲しくて我慢ができない。
 服越しではなく、直接彼の手のひらで肌を愛撫されると思っただけで、心が騒ぎ、心地よさを求めて気怠い感覚に包まれる。
 麻衣子の躯を少しずつ解放してくれたから、こんな風に感じられるようになったのだろう。
 もし理崎と出会わなければ、麻衣子はまだ必死になって心の壁を築き上げていたに違いない。
 そして、男性に対して心と躯を開くこともなければ、一生この感覚を知ることもなかった。
 そう思っただけで、麻衣子の躯が恐怖で身震いした。
「麻衣子? どうかしたか?」 
「……駿一さん」
 躯を抱きしめてくれる彼の腕に手をそっと載せ、体重を彼にかける。
 親以外の人から労わってもらえることが、こんなにも心が安らぐものだとは知らなかった。
 
 この腕を離したくない、いつまでも傍にいて欲しい!
 
 でも、それは叶わないもの。
 理崎との関係は、あと8ヶ月で切れる。だからこそ、早くその先を彼と体験してみたくてたまらなかった。
 そう思えるほど、麻衣子の心と躯は全て理崎に傾いていた。
「……あの」
 先を促すように躯をすり寄せようとした途端、いきなり理崎が麻衣子を解放した。
「よし、少し休憩をしよう……。シャワーを浴びていいから」
 理崎はベッドから降りながら、麻衣子の愛液がついた指を舐める。
 濡れた舌が指をしゃぶる様に、麻衣子は異様な興奮を覚えた。
 上半身は裸、腰骨まで下がったスウェットパンツの生地を強く押し上げている様子から見て、明らかに彼も欲望を感じている。
 なのに、どうしてここでやめてしまうのだろう。
 
 いつも……、いつもっ!
 
 でも、抱いてとは言えない。
 恥ずかしくて……、彼とえっちがしたいなんて、どうしても口にすることができなかった。
「熱いコーヒーでも淹れてやるから……、ほらっ、シャワーを浴びてこい」
 麻衣子を宥めるように笑みを浮かべた理崎は、ひとりでベッドルームを出ていった。
 彼のベッドに残された麻衣子は、裸体を隠そうとはせず、しばらくその場でうな垂れていた。
 理崎を求めて秘所がぴくぴく蠢くのを感じながら……
 
 * * *
 
「楓……、お前さ、本当に綺麗になったよな。変身を遂げたあの日と比べると、表情や物腰が柔らかくなってる。付き合ってる男が……いるのかって噂されてるけど?」
 外回りを終えた麻衣子は給湯室でコーヒーを淹れていたが、突然降ってきたその声に肩を落とし、呆れたようにため息をついた。
 麻衣子の背後に立ち、システムキッチンに手を置くのは、親密さをアピールしてのことだろうか?
 彼のためだけに笑顔を張り付けるようなことはせず、ゆっくり振り返り、社内報チーム長の柴谷に目を向ける。
「……柴谷さん。もう何度も言わせないでください。誰ともお付き合いはしていないって、あれほど言ったじゃありませんか。わたしは仕事に生きる……って知っているでしょ?」
 目を吊り上げるものの、彼の視線は麻衣子の胸元に落ちていた。
 今日の服は、後輩の須長に選んでもらったツイードのハーフパンツにロングニットカーディガン。
 これならまだ露出が少ないように思えるが、カーディガンの下に着ているレースのキャミソールが、胸の谷間をかすかに覗かせるような形になっていた。
 見えそうで見えないその領域が、男性の心をくすぐるらしい。
 須長の言ったとおり、明らかに柴谷は鼻の下を伸ばしている。
 
いいですか? 楓さんの胸を見ようとする男性がいるかもしれませんけど、絶対に手で隠してはいけません。そんなことをすると、逆に『だったらそんな服を着るなよ!』と逆切れされますからね
 
 柴谷の肩を強く押したい気持ちに駆られたが、須長の指示どおり、それをグッと堪えた。
 口は閉じ、手も動かさない。
 でも、躯の向きは変えて、手に持ったマグカップを口元に運びコーヒーを啜った。
 これぐらいのことは許されるよね? ――マグカップでさりげなく胸元を隠し、柴谷の目からは遠ざけようと試みる。
「……だから、そういうことをいちいち訊かないでください」
「でもさ、そう勘ぐるのは仕方ないだろ? 楓は俺の誘いにずっと乗ってくれないからさ」
 彼の言葉に、そっとマグカップに入っている液体に視線を落とす。
 ずっと渋谷の誘いを断っていたのがいけなかったのだろうか。
 でも、彼は仕事仲間であって恋の対象ではない。
 柴谷が何らかの意思表示を待っているとしたら、その気のない麻衣子は断り続けなければ、彼を余計に傷つけることになる。
 そこで麻衣子は、ふっと口元を緩めた。その考えは全て映画の受け売りだったからだ。
 この変身をする4ヶ月前までは、男性からそういう目で見られたことは一度もなかったから、それも当然だろう。
 
 4ヶ月……か。
 
 そのことを思った途端、麻衣子の口から自然とため息が零れた。
 課長の理崎駿一と鏡ゲームをすることになってから、それぐらい経ったということだからだ。

 鏡ゲーム――、それは見かけだけのもの。そこに映るものは本当の姿だけど、心にある真実は誰にも覗けない、見えない……わからない。

2012/12/12
2012/05/15〜2012/12/12迄、SURPRISE BOXにて公開
  

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