『ココロの破片、祈りの言葉』【1】

 一貴が、ずっと過ごしてきた部屋。
 わたしにとって……一貴の“妹”としてしか過ごせなかった部屋。
 それが、今ではこうして一貴が望むものを受入れる事が出来る……女性に成長した。
 ……そう、わたしは昔からこういう立場を、ずっと、ずっと望んでいた。
  今では、その願いが叶った。
 何という幸せ、何という幸運! ……この手に入れた幸せを失わないよう、努力しなくちゃ。
 昨日、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に初詣で願った事、ココロの奥でいつもしっかり留めておくのよ、莉世。
 
 
 一貴のキスに、唇と舌がピリピリしてきた。
 キスだけじゃ物足りない……と躰が訴えているのがよくわかる。
 莉世は思わず不満げに呻きながら、唇を離した。
「何て声を出すんだ」
 一貴が甘やかすように微笑むと、莉世は一貴の肩に顔を埋めた。
「だって、何だか物足りない。一貴があんな言葉をわたしに教えるし……兄弟そろってゴムを渡すんだもの」
 そう、結局一貴が“お前には必要ないものだから、俺が持っておく”と言うなり取り上げて、無造作にポケットへと入れたんだけど。
 それにしても、今日は本当に変だ。
  触られるだけじゃなくて、言葉や物でも興奮してくる。
 もちろん、一貴を想えばこそ、相乗効果が生まれるワケなんだけど。
 あぁ、わたしをこんな女に変えるなんて……一貴はいったいわたしをどうするつもり? 日々一貴を思い出させて、わたしの躰が疼くように作り替えてるの?
「お前からの誘いか?」
「違う。そうじゃなくて……何て言ったらいいかわからないよ」
  一貴は、莉世の頬に手を伸ばすと仰ぎ見させた。
 頬を染めて、情熱に潤んだ瞳と、キスで腫れ上がった唇に、一貴は視線を彷徨わせる。
  そして、満足そうに口角を上げた。
「正直に言えばいいんだ。男と女の間では、正直になるのが一番だからな。だが、莉世が奥ゆかしくしてる姿も捨てがたい」
  結局どっちなの? 
 莉世は、ワケがわからず小さく吐息をついた。
 
 
――― ピリリリィィィ……。(ブー、ブー)
 
 突然の携帯音とバイブの音に、莉世はビクッとなった。
 机に置かれた、一貴の携帯が着信を示していた。
 だが、一貴は動こうともしない。
「一貴? 鳴ってるよ?」
「いいんだ」
 いい? どうして?
 莉世は立ち上がると、机に向かって歩を進めた。
 震える携帯を手に取り、液晶画面を見ると、そこには康貴の名前が。
「一貴、康くんだよ?」
「だからいいって言ったろ? 携帯にかけてくるぐらいなら、内線で十分だ。それに、用があるなら上まで来ればいい。ったく、あいつは横着者だな」
「でも、携帯でないと言えない用事かも」
 その一言で、一貴は目を細めた。
 莉世は首を傾げながら、一貴に携帯を渡そうとした。
 一貴はすぐに立ち上がると、携帯を受け取るが……着信は切れてしまった。
「なんだったんだろうね」
 莉世は肩を竦めながら、いつしか閉ざされたドアへと視線を向けていた。
 そこは……一貴のベッドルーム。
「ねぇ、入っても……いい?」
 ドアに指を向けて、一貴に聞いた。
「どうぞ」
 一貴はドアの前に進んでゆっくり開くと、莉世を促した。
 莉世は、覗き込むように中に入った。
 バタンッという音を聞きながらも、部屋を観察するように視線を動かした。
 
 
「この部屋も変わってない」
「あぁ。目を瞑れば……小さかった莉世が、この部屋で走り回ってた姿を思い出す事が出来るぐらいな」
 うん、そうだった。キャッキャ言いながら走り回って、あのベッドの上では、トランポリンのように飛び跳ねてた。
 そして……
 莉世はベッドルームに備えつけられている、ユニットバスのドアを見た。
 あのお風呂に入りながら、中でわたしは……
 莉世はクスクスと笑い出した。
「何だ?」
 突然の莉世の反応に、一貴は莉世の手を握った。
「ううん、子供だったなって。一貴も大変だったね。こぉ〜んな腕白娘に好かれてしまって」
「本当にな」
 再び一貴が頭を下げてキスをしてきた。
 それを受け止めるように、顎を心持ち上げて一貴のキスを受け取る。
 あぁ、何度考えてもわからないよ。一貴は、わたしのどこを好きになったんだろう? わたしはもちろん初恋だったから……全てが好きだったんだけど、一貴にしたら、わたしは子供だったワケで。
 再会した時、気持ちが爆発したかのようにわたしを求めていた。
 でも一貴が、一瞬で気持ちを動かすような人ではないって事ぐらい知ってる。なのに、どうしてわたしの気持ちを受け止めてくれたんだろう?
 突然、彰子に言われた言葉が過った。
 
「あの冷たい薄情なセンセが、莉世と再会してすぐ付き合おうってすると思う? あたしは、そうじゃないと思う。莉世の場合は、まだ子供だったわけだし……それなのに、再会してすぐ付き合おうとするなんて、おかしいよ。特に、相手があのセンセならさ。……もし、莉世と再会する前から、好きだったんなら……話は噛み合うんだけどね」 (※1)
 
 あの時は、まさかと思って拒絶した。
 でも、改めて考えると……彰子の言っていた事が正しいのかも。
 もしかして、一貴は子供だったわたしを……好きだった?
 唇が離れるのを感じながら、莉世は閉じていた瞼をゆっくり開けた。
「んん……お前は本当に甘いな」
「甘い?」
 もしかして、ケーキ食べてそのままだから?
 莉世の脳裏から、先程の考えが一瞬で飛び散ってしまった。
 おもむろに舌を動かす。
 甘いかな? ……う〜ん、甘かったのかな?
 そんな莉世を見ていた一貴は、楽しそうに微笑んだ。
「あぁ、甘いよ」
 そんなに言わなくてもいいじゃない。
 莉世は、クルッと背を向けるとベッドルームのドアノブに触れた。
 だが、一貴がそれを制するようにドアに手を置く。
 莉世は、一貴の懐にすっぽり入り込んでしまっていた。
「そういう意味じゃない。……お前の全てが甘いと言ってるんだ」
 頭の上から聞こえていた筈の声が、だんだん下りてき、いつの間にか耳元で囁いていた。
 熱い吐息が肌を愛撫する。
「っぁ…」
 耳の後ろの窪みに唇が触れた瞬間、莉世は思わず声を漏らしていた。
 莉世は、拳を強く握るとドアに押しつけ、瞼を閉じた。
 何枚も重ねた着物から、一貴の体温が伝わってくる程、身近に感じていた。
「莉世……俺が今どれほど苦しんでいるか、お前も知るべきだ。お前を愛したくて堪らないほど躰が熱くなっているというのに、その帯が邪魔して、肌に触れる事さえままならない。わかってるのか?」
 まるで、肌を愛撫するかのように優しく語りかける言葉……。
 一貴こそわかってる? そうされる事で、わたしがどれほど一貴に触れてもらいたいか、どれほどきつく抱きしめて欲しいか。
 こうして密着してるだけで……動悸が激しくなるし、躰も熱くなる。触れて欲しいと哀願するように、張りつめる乳房に意思を示す先端。そして……。
「っあ!」
 一貴が、裾の合わせを開いて手を滑り込ませてきた。
 膝頭から、ゆっくり上へ上へと愛撫の手を動かし、大腿へと迫る。
「っダメ、一貴…。さっきは、」
 莉世は思い切り拳を強く握った。
 こんな事しちゃダメだよ。下にはパパとママ、おじさまとおばさまに、優くんと康くん……そして卓人までいるんだから。
 わかってるなら、どうして最後まで拒絶しきれないの? 身を振り解いて一貴の愛撫の手を止めさせたらいい。
 だけど、ココロの奥では……一貴に触れて欲しいと哀願しているわたしが存在している!
 莉世は、小刻みに躰を奮わせながら、真後ろにいる一貴の全てを感じ取っていた。
「っぁぁ……」
 一貴がパンティの中心に触れた瞬間、莉世は一貴にもわかるほどビクッとのけ反った。
「莉世、もう濡れてる」
 耳元で囁かれた事で、莉世の背筋に痺れが走った。
 恥ずかしさから顔を染めながらも、自然と一貴の愛撫を受けやすいように、足を開いていた。
 こんなの、こんなの耐え切れない。
 一貴の指が、優しく丘を愛撫すればする程、わたしの躰は奮えて……。
「っぁぅ…」
「綺麗だ」
 一貴はそう囁くと、莉世の露になった首に、舌と唇で辿る。
 莉世はもどかしさから、微かに躰が動いていた。
 もちろん、腰を支えている一貴にも……その動きが伝わっている筈。
「……っかず、き」
「何?」
 問いかけながらも、一貴の愛撫の手は止まらない。
「一貴は、」
「俺か? ……大丈夫だよ」
 大丈夫? って何が大丈夫なの?
「ぁっ!」
 一貴の手が、莉世のパンティを脱がし始めたのだ。
「ちょっ、ちょっと一貴、待って。言ったじゃない、しないって」
 手慣れた仕草でパンティを足首まで脱がせると、一貴は着物を持ち上げ、帯の中に入れ始めた。
 もちろん、 肌襦袢まで。
「確かに言った……あの時はしないつもりだった。だが、急に気持ちが変わる事もある。それに、俺の手元には3つもあるんだぞ?」
 3つって……それって、さっきわたしから取り上げたゴムの事?
  という事は、それはスルって事で……ココで“ヒメハジメ”って事なの?
「ダメ、下にはパパたちがいるんだよ」
「だから、あまり声を出すなよ?」
「無理! そんなの絶対無理だよ……っぁぅ」
 一貴が、濡れた秘部を愛撫したのだ。
 途端、躰中に痺れるような電流が走り、拳を握った指の先まで奮えた。
「無理なんて言うな。……もうこんなに濡れてるのに」
 淫猥な音が響き出すと、莉世の心臓は激しく鼓動を繰り返し始めた。
 
 静かなベッドルームに、莉世の荒い息遣いと、一貴の息遣い、着物が擦れる音が反響する。
 それらの音は、欲望の深みへと……莉世を誘い込んでいくかのようだった。
 
 
(※1) : 参照 『ココロの陽、BEST FRIEND』

2004/04/16
  

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