※ 何故、いきなり莉世が京都……そして○○に??
詳細は、《Ring of〜》シリーズ、『続・Ring of 〜真実の想い〜』を参照vv

『ココロの鎖、鍵を求めて』【3】

 一瞬、場がシーンとなったような気がした。
もちろん、周囲はざわついてる。なのに、まるで康貴しかいないような錯覚に陥った。
「……あの日って?」
 康貴が沈黙を破る。
「あの日だよ。数年ぶりに康くんと優くんに再会した……あの日」
 莉世は、両手を強く握り締めた。
 康貴はその手をチラッと見て、再び視線を莉世に戻す。
「何故俺に? 優貴は東京にいるだろう? 何故優貴には聞かないんだ?」
 わかってるくせに……
 わたしが、優くんと康くんとの性格の違いを知らないとでも思ってるの?
 数年会ってなかったとしても、昔の性格ってそうそう変わるものじゃない。それに、あの日……わたしは二人の会話をドアの外で聞いてたから、その性格が変わってなかったって事ぐらい、ちゃんとわかってるんだから。
 莉世は、康貴を睨んだ。
「わかった、わかった、俺が意地悪だったよ」
 両手を挙げ、降参のポーズを取る。
 その事で、場が少し和んだ。
 莉世も口角を上げて、軽く微笑んだ。
 
「失礼します」
 コーヒーが運ばれて来たのだ。
 2客置くと、その女性は去って行った。
 いい具合でのコーヒーの登場で、休戦するかのように、二人はコーヒーに手をつけた。
 
 
「莉世……、どうして聞きたいんだ? あれはもう2ヶ月以上も前の事だぞ?」
 康貴が沈黙を破った。
 2ヶ月……その間に本当にいろいろあった。
 莉世は思わず瞼を閉じた。
 わたしだけの苦しみだった……でもその結果、一貴をも苦しませてしまい、ギクシャクした関係になってしまった。まるで、恋人関係が破綻する前の状況のように。嫌! それは絶対にイヤ! 「一貴の様子が気になって仕方ないの。仕事が忙しくなったみたいで、毎日出勤してるし。それに……態度もおかしくて」
「態度って?」
 莉世は急に顔を赤くして下を向いた。
 ……言えるわけないじゃない。一貴との、その〜……えっちなんて。
「本当にいつもの一貴とは違うの」
 康貴の問いを無視し、言い放った。
「莉世……、よく聞いてくれ」
 康貴は、膝に肘をあてながら、身を前に屈めた。
「もし、莉世が兄貴の恋人でなければ……俺は、あの日に何があったのか、全部話しただろう。お前が聞く事全てに、きちんと答えていた筈だ。……何故だと思う? お前は俺にとって、本当に可愛い“妹”同然だからだ。なら、何故兄貴の恋人であるお前には何も言わないんだ?」
 何故?  わたしにはわからないよ。
 莉世は唇を戦慄かせながら、優しい康貴の目を見つめ返した。
「……これは男と女の関係になった、兄貴と莉世の問題だろう? 確かに俺は兄貴の弟だが、恋人関係の二人にとったら他人も同然だ。その他人が、恋人同士の間に割り込んだらどうなると思う? 信じてもいい筈の出来事が、他人の余計な言葉で、信じられなくなる可能性だってあるんだぞ? もし、兄貴が莉世を不安にさせてるなら、俺は兄貴に詰め寄ってもいい。大切な莉世の為に。だが、その前に出来る事はあるだろう? 莉世……お前は間違った選択をしたんだ。お前が聞く相手は俺じゃない、兄貴なんだ」
 兄が妹を……先輩が後輩を諭すような言い方をされて、莉世の目に薄い膜が覆った。
「康くん……何だか優くんみたいな言い方」
 康貴は苦笑いした。
「本当だな、まるで優貴みたいだよ」
 自嘲するように笑う康貴に、莉世はビックリした。
 しかし、その思いは一瞬で立ち消え、康貴を見返していた。
「……今までだって、一貴からは何も言ってくれなかったの。なのに、今わたしが聞いて、ちゃんと話してくれると思う?」
 莉世は、泣き笑いするように微笑んだ。
 そんな莉世を、康貴は真剣に見つめた。
「もし、兄貴が莉世を失いたくないと思うなら……ちゃんと話してくれるさ。莉世、恋人同士なら……確かに譲るべき事も出てくる。だが、何を譲るか……判断を見誤るなよ。一つ間違えば…微妙に歯車が狂ってくる。それを修正するのは難しいが、出来るのは恋人同士だけだ。わかるな?」
 莉世は頷いた。
 そして、涙が頬に流れた。
 康貴が、何を言いたいかわかったからだ。
 
 わたしが、何も一貴に聞かなかった事が、まず一つ目の間違い。
 聞くべき相手を間違ってしまった事が……康くんに頼ってしまった事が、二つ目の間違いだ。
 歯車が狂う……本当にそうだ。今、二人の間は……まさしく歯車が噛み合っていない。一貴の手がわたしに触れるのに、わたしの躰は拒否反応を示す。それを正すのは、わたしだ。
 まず、やらなければ……
 間違いを正し、一つずつ歯車を元に戻さなければ。
 わたしが康くんに聞きたかった事を、一貴本人に聞く。
 まずそれをするのよ!
 莉世は、やっと一貴と向き合おうと決心すると、初めて涙を拭おうとした。
 すると、視界に青いハンカチが入った。
「ほら、俺のを使え」
 莉世は、遠慮なくそれを使わせてもらう。
「莉世?」
 優しく響いたその声に、莉世は顔を上げる。
「今、お前が苦しんでるのなら、まだやり直しはきく。頑張れ」
 その言葉に、莉世は本当に泣き笑いしてしまった。
「……ありがとう、康くん」
 莉世は、くしゃくしゃになったハンカチで、まだ溢れ出てくる涙を何度も拭った。
 
 
「莉世、少し待っててくれるか? ……そうだな、30分で戻ってくる。それ以降の時間は、俺はお前のものだ」
 その真剣な言葉に、莉世は思わず頬が緩み、
「ばか、その言い方、彼女に言うセリフみたいに聞こえるよ」
 と、涙で光る目をキラキラさせながら微笑んだ。
「おぅ? 莉世は、俺の彼女と言ってもいいぐらい大切な存在だからな」
 康貴は、腕時計を見ながら立ち上がり、笑いながら背を向けてエレベーターホールに歩いて行った。
 
 莉世を背にして歩き出した康貴の表情は、先程の笑顔からうって変わり、眉間に皺を寄せた冷たい表情をしていた。
「ったく、兄貴の野郎……莉世を泣かせやがって。だからあの時ちゃんと言っておくべきだったんだ!」
 康貴がブツブツ言う言葉など、莉世に聞こえる筈もなかった。

2003/07/22
  

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