『彷徨う、熱きココロ』【1】

 うわぁ〜、本当にいい天気!
 莉世は、舞浜駅から降り立つと、真っ青な空を見上げた。
 こんな気持ちいい日に遊べるなんて……いいのかなぁ?
 
「おっはよう、莉世! 遊ぶき満々だね」
 元気よく話しかけてきたのは、もちろん彰子だった。
 彰子も莉世もジーンズ姿で、帽子をかぶってしっかり日焼け予防をしていた。
 だが、周囲を見ると……ミニスカートに、ヒールの高いミュールはいた、同じ学院の生徒たちもいる。
「あれで、遊べるかって!」
 彰子が鼻を寄せて、苛立ったように言った。
「ほら、2−6の集合場所へ行こ」
 莉世はワクワクして、彰子と連れ立って歩き出した。
 あぁ、何て素敵何だろう……もうおとぎの国の世界が広がっている!
 その威力は凄まじい程で、皆に魔法をかけてるかのようだった。
 
 
「いいか、お前ら。絶対人に迷惑をかけるな。集合場所は同じようにココ、18時厳守だ」
「ほーい!」
 皆口々に一貴の指示に対して、返事をした。
 が、意識はもうゲート向こうに飛んでいるようだった。
 わたしだけは別だけど……。
 莉世は、もちろん一貴だけをこっそり見ていた。
 ぴったりと逞しい躰に張りついたTシャツ、 その上半身は、男らしさを十分に香わせていた。
 あぁ、今日もカッコ良過ぎだよ。
 
 結局、親睦会のリクレーションは、ベイエリアにある大型テーマパークに決まった。
 12クラス中、何と7クラスもココへ来ている。
 もちろん、湯浅先生が副担をしている2組もそうだった。
 
「何かあれば、必ず連絡するんだぞ」
 一貴が携帯を持ちあげた。
 あれ? いつもの携帯じゃないよ?
 莉世は、彰子の袖を引っ張った。
「ねぇ、あの携帯って?」
「あぁ、こういう行事の時は、学校から渡されるの。まさかプライベートの番号なんか、教えれるわけないしね」
 莉世がなるほどぉ〜と頷くと、彰子がニヤッと笑った。
「何、何? 独占欲?」
 最後だけ、彰子は莉世の耳元でボソッと囁いた。
「ち、違うよ!」
 莉世は、顔を真っ赤にして、彰子に詰め寄ろうとしたが、
「そこ、うるさいぞ!」
 思い切り一貴に怒鳴られてしまった。
 見ると、一貴は冷たく睨んでいる。
 わたしが悪いのわかってるけど……そんな、睨まないでよ。
 莉世は、恥ずかしさと戸惑いから、俯かずにいられなかった。
 隣にいる彰子を見ると、彼女は思い詰めたように、喉元で拳を作っている。
 ん? 彰子?
 莉世は、ただならぬ雰囲気の彰子に、何故か声をかける事が出来なかった。
 
 
「さぁ、気にせず行くぞ〜!」
 莉世の8人の班、彰子と華緒と奈美、そして古賀と柴田雅史(まさし)・戸田哲平(てっぺい)・松野諒(りょう)は、ゲートをくぐると中に入った。
 莉世はチラッと後ろを振り向くと、一貴が静かに自分を見つめている視線とバッチリ合った。
 その問うような目は何?
 莉世には、まだ一貴の全てをわかってるわけじゃない。
 確かに、付き合いだしてからは、ココロも躰も結びつきが強くなった。でも、それはほんの表面だけ……まだちょっとした仕草が何を語っているのかわからない。
 その時、一貴の後ろから一人の女性が走り寄って来るのが、視界に入った。
 湯浅先生。
 一貴が湯浅先生の方を向いた隙に、莉世は顔を背けて、歩き出した。
 わかってる。一貴は、湯浅先生の事を何とも思ってない。
 ただの後輩・同僚……それだけの存在。わかってるのに、一貴の隣に綺麗な女性が並ぶと思うだけで、すごく胸が苦しい。
 でも、苦しい理由はわかってる。
 わたしが一貴を愛してるからだ……誰にも渡せないほど、彼だけを。
 なら、わたしは乗り越える強さを身につけなきゃ。一貴が同僚として湯浅先生の側にいても……わたしは動揺なんてしてたらダメ。
 
 
「どこ行く?」
 莉世の隣に近寄って来た古賀が、皆に言うように声を出した。
「やっぱ、絶叫系は制覇でしょ」
 と、彰子。
 先程、思い詰めていたような表情は姿を消し、楽しそうな雰囲気で皆に話しかける。
 あれは……わたしの勘違いだったのかな。
「えぇ、わたし嫌だぁ。もっと大人しいのが乗りたい!」
 と、奈美。
「あっ、じゃぁ……別行動とる?」
 奈美に惚れてる柴田が、間を開けないで口を挟んだ。
「……でも、班行動なのに、別行動していいの?」
 と、さらっと流す華緒。
「わかった、妥協しよう。絶叫はパスを取って…あとは並ぶ。それでいい?」
 彰子は皆の反対が出ないとわかると、何を予約するか相談し始めた。
「この天気だから、やっぱ水関係のアレにようよ!」
 彰子が目を輝かせて言うと、奈美だけが嫌そうな顔をした。
「いいよね、古賀」
 急に振られて古賀は戸惑った。
「何で俺に?」
「あっ、だって……落ちる時のカシャッって……結構いいと思うんだけど?」
 彰子がニヤッと笑うと、古賀は顔を真っ赤にした。
「あぁ、わかったよ! それで決まりだ。雅史、哲平、諒、それでいいな?」
 同じ班の男の子たちから了解を取ると、一行は予約を取りに向かった。
 予約をもらうと、取り敢えず一人一人何に乗りたいか意見を出し合った。
 それぞれの主張はバラバラで、華緒と戸田と松野だけは時間が余れば乗りたいものを決めるという事になった。
「じゃ、莉世は?」
 彰子に問われて、莉世は、頬を染めながら皆を見回した。
「……お城のアトラクション」
「いいんじゃない? あたしも久しぶりだよ」
 彰子も含めて、皆嫌な顔一つしなかった。
 
 莉世の班は、混みそうなものから並び始めた。
 まずクマのキャラクターの乗り物へ、そして少し空いていたおとぎ話を順番に巡るアトラクションへ行った。
 莉世は、別世界が目の前に広がる事に圧倒されて、本当にココロから笑みが零れていた。
 ふと周囲を見渡すと、小さな子供を連れた家族連れ、楽しそうなカップルが目に入る。
 わたしも……こうしてまたココに来る事が出来るかな? ……一貴との子供を連れて。ははっ、プロポーズされたわけでもないのに。
 でも、もし……いつの日か。
 莉世は、どんどん強くなる想いに自分でも驚いて、息を飲まずにはいられなかった。
「何? 疲れた?」
 心配そうに覗き込む古賀を、見上げた。
「ううん、大丈夫だよ」
 前方を見ると、彰子と戸田が楽しそうに話していて、それを一緒に楽しんでいる華緒と松野がいた。
 柴田くんは、奈美にずっと話しかけて楽しそう。
 そして……
 莉世は、古賀に視線を向けた。
 あぁ、やっぱり古賀くん……わたしの事好きなのかな?
「ねぇ、ご飯さぁ、盗賊の砦を模したレストランで食べない?」
 彰子が、見つめ合う莉世たちに向かって、突然声をかけた。
 莉世は、ビクッとして正面を向くと、訝しげに見つめる彰子に、ニッコリ微笑んだ。
「わたしはどこでもいいよ」
 莉世は、安堵しながら早歩きで彰子の元へ行った。
 その後ろを追いかけるように続く古賀の存在を、莉世はしっかり感じ取っていた。
 
 
 砦と言われるだけあって、店内は薄暗い。周囲を見回しながら奥へ向かうと、ちょうど席へ案内される一貴と湯浅先生がいた。
「あっ、センセ!」
 彰子が大声で叫ぶと、一貴はサッと振り返った。
「あぁ……お前らか」
 莉世は、湯浅先生の顔が嫌そうに曇ったのを見てしまった。
 そして、その目が莉世を貫く。
 まるで、「またこの子?」と言うように……
 先生は、あの渋谷での事を忘れてはいないんだ。わたしが……一貴と二人で帰っていった夜の事を。
「お前らもココで食べるのか?」
「そうだよ。センセたちは、何だかデートっぽく見えるね」
  嬉しそうに言う彰子に、一貴がニヤッと笑った。
 莉世はその表情にドキッとした。
 えっ、何?
「じゃぁ、そう見えないように、お前らも一緒の席につくんだ」
 その言葉に、湯浅先生は一貴の顔を見上げた。
「うそ! みつるちゃんと一緒にご飯食べれるだ、やりぃ」
 女性がとても好きなプレイボーイの戸田が、満面の笑みでガッツポーズをとった。それを見た湯浅先生は、少し機嫌が良くなったが、それでも不満は目に残っていた。
 逆に一貴の顔は、晴れ晴れとしている。
 まるで、重たい荷物をやっと下ろせたように。
 一貴が、テーブル席を10人にしてくれと頼んでいるのを見ていると、隣に彰子が近寄ってきた。
「あれ、絶対二人で食べたくなかったんだよ。……あたしの予想、絶対莉世の隣に座るね」
 耳元で囁いた彰子を、莉世は苦笑いで答えた。
 まさか……一貴が皆のいる前で、故意にわたしの隣に座るなんて事は、絶対ありえないよ。
 
 しかし、彰子の予想は見事当ってしまった。
 何故か横長のテーブルの奥から、莉世、一貴、華緒、松野、そして一人掛けの場所に奈美。
 莉世の隣の一人掛けに古賀、正面に彰子、戸田、湯浅先生、柴田という風にならんだ。
 その席順に、湯浅先生は不満だったようだ。
「言っておくが、俺はお前らには奢らないからな」
 一貴が一言言うと、注文の品を食べながら、皆がブツブツ言った。
「あれぇ? でもあたしの時、……いった〜!」
 彰子の顔が、一瞬でしかめっ面になった。
 彰子は一貴を睨んでる。
「最低!」
「お前、口は災いのもと、と言うのを知ってるか?」
 莉世は、笑わずにいられなかった。
 彰子……一貴に足で蹴られたんだ。
 ふと、強い視線を感じて、視線を上げると、古賀が莉世を見つめていた。
「どうかしたの?」
 古賀は寂しそうに笑いながら、
「いや、何でもない」
 と言うと、再び食べ始めた。
 どうしたんだろう。
 莉世は頭を傾げながら、グラスに手を伸ばした。
 その瞬間、躰がビクッとした。
 しかし、その感情を押し殺した莉世は、そのまま無表情でグラスを手に持ち、ゆっくり口に含んだ。
 そして、チラッと左隣のお皿に目をやると、既に食べ終わり、一貴はコーヒーを左手に持って、優雅に啜っている。
 やっぱり……
  一貴の右手が、テーブルクロスで隠れた莉世の腿に乗せ、ゆっくり撫でていたのだ。
 ジーンズで良かったと、本当に思ってしまった。
 もし、素肌を撫でられたら、思わず呻いていただろう。
 莉世は顔をほんのり染めて俯いたが、急に大胆な気持ちになってしまった。
 誰にもわからないように、 ゆっくり左手をクロスの中に入れると、一貴の手に触れた。
 途端、一貴がギュッと握り締めてきた。
 莉世も、その力強さに応えるように握り返した。
 誰にも知られる事なく、示す愛情……
 自然に出てくる笑みを、莉世は抑えられなかった。
 そんな表情を、湯浅先生や古賀がこっそり見ているとは、莉世は思いもよらなかった。
 
 一貴が、親指でゆっくり甲を愛撫してくると、莉世の背筋に軽い電流が流れた。あまりにもゆっくりな、甘美な電流……
 
 莉世は、喉から出そうな呻きを必死で抑えていた。

2003/05/04
  

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