『サクラ咲く、ココロの華』【1】

 校門を入った所にある桜並木は、もう満開を過ぎ、道には桜吹雪となり舞い落ちていた。
 でも、莉世のココロはまさに満開に花開き、いうまでもなくピンク色に染まっていた。
 
 
 初めて一貴とえっちした後、ママやパパと顔を合わせるのが気まずかった。
 でも、固かった……いつの間にか作っていた表情の仮面が、見事に剥がれ落ち……素直な、昔の表情を取り戻した莉世を見ると、両親はとても喜び、一貴と再会出来た事をとても喜んでくれた。
 卓人だけは、ずっとムスッと膨れていたが。
 そして、華やかな気分のを迎えた翌日、生理が始まった。
 間一髪といったところか……
 もし一貴と再会したあの日、わたしが生理だったら……もちろん一貴とえっちしなかった。
 そうなっていたら……こんな幸せな気分を味わえる事も絶対なかっただろう。
 
 
 窓際に置いた椅子に凭れて、外の景色を眺めている……精悍な一貴の横顔をチラッと見た。
 莉世の頬は自然と染まった。
 一貴は相変わらず学校では無表情を示し、莉世に対しても冷たく冷静に接していた。
 でも……ひとたび教師という仮面を脱ぐと、一貴はわたしを束縛する。
 だけど、莉世にしてみれば……その束縛は嬉しいものだった。
 ちょっと行き過ぎる……という気もしないでもないが。
 わたしの生理中、一貴は水嶋グループの本社に(最低週3日は顔を出す決まりらしいのだが)休日も含めて、もう5日会社へ行っていた。
 だから、 一貴とえっちしてからは、まだ1日しか二人きりで会っていない。
 その時の一貴は、わたしに優しくキスし……時には激しく触れてきた。
 
 でも、昨日……
 
 
* * * * *
 
『 莉世……生理は、終わったのか?』
「えっ? ……終わったよ。何で?」
 しばらく沈黙。
 …。
 ……。
 ………。
『土曜日、出かけよう。いいな?』
「えっ、明後日? 仕事は?」
 イライラした、声が返ってきた。
『 ……何の為に殆ど本社へ行ってたと思うんだ? わかってはいたが……お前ってかなり鈍い』
 
* * * * *
 
 
 はぁ〜、昨日は本当にドキドキした。
 携帯を持つ手が、ぷるぷると震えたぐらいだ。
 どうして、今日ではなく明日なのだろう? 今日は……会ってくれないの? ……でも、会ったら……わたし。
 
「嫌だね。またこの娘(こ)はニヤニヤしてるよ!」
 莉世はハッと我に返ると、楽しそうに見つめてくる彰子の目とばっちり合った。
「ははっ、ポカポカして気持ちいいなぁ〜と思って」
 気持ちを悟られないように、莉世は表情を隠すと微笑んだ。
 只今、4限のホームルーム中……。
 4月下旬に行われる、クラスの親睦会で行く場所を決めている最中だった。
 学級委員長の古賀亮(こが あきら)が、いろんな場所を黒板に書き写しては、しゃべっている。
「莉世はどこ行きたい?」
 未だ意味深に笑う彰子に、莉世は心臓をバクバクさせながら、彼女の頬をパシと挟んだ。
「気持ち悪いよ、彰子」
 一貴が言ったとおり、彰子の鼻はよく効くみたいだ。
「莉世が笑ってるからだよ」
 駄目だ……彰子には逆らえない。
 莉世はため息をつくと、両手を離した。
「そうだなぁ、わたしは何処でもいいや。だって、帰ってきてからだって、そんなに見てないし」
 彰子は、顔を歪めて黒板を指した。
「ちょっと……見てよ、アレ! 誰がこの年齢で……しかも親睦会で、浅草寺とか、東京タワーに行きたいかっていうのっ! 修学旅行じゃあるまいし。……ちょっと誰よ、都庁とか言ってるの! お台場は……まぁ〜許せるけど」
 莉世は、彰子の矛先が前へと向けられてホッとした。
 なるべく、一貴を見ないようにしよう。わたしが一貴と付き合ってるってバレたら……どうなる事か!
 
 莉世がふと我に返った時、クラス中が急に静かになってるのに気付いた。
 パッと視線を上げると、クラスの視線が自分に突き刺さってる。
 えっ? な、何? わたし……もしかして一人言言った?
 莉世の心臓は、激しく動き出した。
「ほらっ、莉世! またぶっ飛んでるよ?」
 隣を見ると、彰子一人だけが立っていた。
 えっ? な、何なの? 
 莉世は、慌てて視線を泳がせた。
 その時、バチッと一貴の視線とぶつかった。
 ドキッとしたが、その視線は教師としての……冷たい視線だった。
 でも、見られてると思うと、やっぱりドキドキしてしまう。
 莉世は、慌てて視線を逸らせると、彰子を見上げた。
「はぁ、駄目だね〜。ちゃんと聞いておかなきゃ! あのね、莉世が戻ってきてから、何処へも行ってないっていう話をしたわけ。すると、古賀が莉世の行きたい場所へ行くっていう案を言ってくれて、皆その意見に賛成してくれたってわけだよ。って事で、どこ行きたい? ……まぁ、最低12クラスのうち、2クラス以上同じ場所を指定しなきゃ駄目なんだけどさ」
 莉世は驚愕して、一瞬止まってしまった。
 どうしてわたしが決めるって事になったのよ!
「だ、駄目よ! わたし、決められない。それに、わたし、そんなに覚えてないし……、今の流行だって知らないし」
 彰子が腕を組んで、う〜んと天井を見た。
「よし! じゃぁ、莉世が覚えてるのって何処?」
 覚えてる? 私が覚えてるのって……東京タワー、浅草寺、上野動物園 、小石川植物園……なんて言ったら、絶対彰子に殺される。
 莉世は頭をフル回転させ、他の場所を思い出そうとしたが、全く駄目だった。
「駄目……全然思い出さないよ。ディズニーランドぐらいしか、」
「よし、決まり! ディズニーランドに決定!」
 莉世は、ハッとして彰子を見ると……口から出てしまったその言葉は、あっさり受入れられてしまった。
 クラスを見渡すと、皆うんうん頷いている。
 そして、視界に入った一貴は、手で目を覆い……嫌そうに頭を振り、ため息をついていた。
 ……何故? 駄目なの?
 
「それじゃ、ディズニーランドで提出しとくよ。あと、班分けだけど……どうする? 男子女子別にする? 混合にする?」
 古賀が言うと、大多数で男女混合と決まった。
 彰子が、ツンツンと莉世の袖を引っ張ると、声を低めて話しかけてきた。
「さぁ、大変だね、莉世」
 莉世は、彰子の言葉に眉間を寄せた。
「何が?」
 その言葉に、今度は彰子が眉間を寄せた。
「あたしたちの班に来るだろう男子たちの事」
 もっとわけがわからなくなってきた。
「よくわからないよ、彰子。……彰子や、華緒、奈美たちの班は、いつも大変な事になるの?」
 彰子は、やれやれと頭を振った。
「莉世がいるからだよ」
「はぁ? 何で?」
 莉世は、何故彰子がこんな事を言うのかわからなかった。
 
 三崎彰子……、美人で、背が高くて、さばさばして、男子からも人気がある、ショートカットの彰子。
 佐々木華緒 (ささき かお)……、少し冷たい感じがするが、話せは意外と楽しく、彰子ほど美人ではないが綺麗で、莉世と同じくらいの身長、同じくらいのセミロングにした、秀才の華緒。
 響 奈美(ひびき なみ)……、とても明るく外向的で、背が小さくて可愛らしく、腰まで伸ばしたストレートの髪が印象的な、奈美。
 
 莉世は、彼女たちのせいで大変な事になるというのなら、わかる。
 でも、なぜ莉世がいるから、大変だと言うんだろう?
「このぉ〜、ニブチンが!」
 ニブチン?
 それって、何を意味してるの?
 莉世は彰子の口を塞ぐように、手を前に突き出した。
「彰子……わたしのボキャブラリーは少ないの。お願いだから、わかるように言って?」
 彰子は諦めるようにため息をついたが、嫌々ではなくはっきり言った。
「鈍いって、言ってるの」
 鈍い? 一貴に引き続き……彰子まで言うの?
 莉世は、驚いて目を大きくさせた。
「鈍くないよ!」
「……さぁ、それはこれからの付き合いでもっとわかると思うけど、絶対鈍いって言い切るね、あたしは」
「鈍くない」
 彰子は、はいはいと言うように、ポンポンと腕を叩いた。
「わかった、わかった。ところで……きっと、あたしたちと同じ班は、古賀のグループが来るね、きっと」
 莉世は、チラリと古賀たちのいる方向を見ると、既に4人固まってこっちを見ていた。
 その視線から逃れると、莉世は彰子を見た。
「どうして?」
 彰子はニヤニヤ笑いだした。
「やっぱ鈍感だね、莉世は。古賀の親友、柴田は奈美の事が好きなんだよ。でも、奈美って誰にでも人当たりがいいから、柴田の気持ちに気付いてない。だから、奈美がいる所に、古賀のグループが来るってわけ。……それに今回は、古賀も嫌って言わないっしょ。だって、あいつは絶対莉世狙いだよ」
 莉世は、ハッと息を吸った。
「わたし狙い?」
 彰子は、ニコニコした。
「もっちろん! あたしは、とっくに気が付いてたよ。……でも、まさか莉世に男がいるとは……ねぇ」
 突然の意味深な発言に、莉世は、急にむせ込んでしまった。
「ゴホッ…」
 彰子は、莉世の背をポンポン叩いた。
「あたしに隠そうって方が無理だよ。あの節操もなくかかってくるメールに電話……。しかも、休み時間ってなるとくるんだもんね。……まぁ、一種の遠慮が入ってるんだよなぁ。でも独占欲がかなり強いとみたね、あたしは。 ……で、誰なの? この学校のやつ?」
 莉世の胸は激しく動き、脳は大パニック!
 どうしよう……まさか、相手が一貴だって知られてないよね?
 莉世はそぉ〜と彰子を伺うと、興味津々に莉世を見ていた。
 それで、相手はまだわかっていないんだ……とわかった。
 莉世は、ゴクンッと唾を飲み込んだ。
「ううん……昔から、の……知り合い」
 うん、嘘は言ってない……。確かに昔からの知り合いだもの。
「ふうん……、教えてくれる気はないんだぁ。しゃ〜ないかぁ……あたしの敏感な嗅覚で探ってやるっ!」
 闘志を燃やす彰子を見て、莉世の表情が一気に青ざめた。
 ヤバイ、ヤバイよ。一貴は、彰子を侮るなって言ってた! それ……わたしも納得だよ!  絶対、バレないようにしなくちゃ。
 
 
 いつの間にか、班分けは終わっていた。
 女子が、4人組みになって黒板へ書くと、そこへ男子の4人組みが、名前を記入するという方法だったみたいだ。
 莉世の班は、既に奈美が書きに行き、そしてすぐに男子が書いたらしい……じゃんけんをして。
 そこに書いてあるのは、紛れもなく……委員長・古賀の班だった。
「ねっ、言ったでしょ? 絶対こうなるって思ってた」
 ニヤッと笑う彰子に……莉世は、少し恐ろしくなってきた。
「奈美に、言ってあげないの? 柴田くんが奈美の事を好きみたいだって」
 急に彰子は笑い出した。
「そんなの、言うわけないじゃん。だって、柴田がジリジリ手をこまねいている姿……あれは見物だよ。莉世も見ててごらん? ……あっ、そうそう古賀の態度もね」
 莉世は、またため息をついた。
 何ていう事だろう、彰子……怖過ぎだ。
 莉世は、お弁当を手に持った。
 今日は、天気がいいから、中庭の桜の下でピクニックをしよう! と奈美が言い出したからだ。
 ……っと、忘れてはいけない。
 一貴からプレゼントされた携帯を、ポケットの中に滑り込ませた。
 
 
 お弁当を食べてると、ポケットに入れた携帯がブルブル響いた。
 ゴクッと口に入ってたご飯を飲み込むと、皆にゴメンと謝り、すぐその場を離れて電話に出た。
「はい?」
『お前、何考えてるんだ?!』
 莉世は、いきなりの大きな罵声に、携帯を耳から遠ざけた。
 そしてしばらくして、また耳にあてた。
『お前のやってる事は、全てココから見えてるんだよ』
「えっ?」
 莉世は顔を上げると、教務棟のある部屋から、一貴がこっちを見ていた。
 『何でディズニーランドって言ったんだ? ったく、お前全然わかってない』
莉世は、一貴を睨み付けた……と言っても、見えてるかどうかわからないが。
「だって、急に言われたんだよ? 何て言えばよかったの? その前に彰子に、東京タワーは駄目、浅草は駄目って言われてたし。あっ、そういえば、昔わたし一貴にディズニーランドへ連れて行ってって言ったら、また今度な、って言って、一度も連れて行ってもらえなかった。……一貴は覚えてないかもしれないけど」
『……覚えてるよ。行きたいんなら、俺が連れて行ってやったさ。何も、クラスで行くやつに、ディズニーランドって言わなくてもいいだろ?」
 何よ、その言い方!
「だって……わたしわからなかったんだもの。帰国してからどこも行ってないんだよ? そんなのわかるわけないじゃない。どっちにしても2クラス以上じゃなきゃいけないって言ってたから、無理なんじゃない?」
 一貴のため息が、耳をくすぐった。
『そんなの、とっくに可決だよ。ったく……しかも男女混合。……デートみたいじゃないか』
 莉世は、やっと一貴が何を言いたかったのかわかった。
 莉世は俯き、ニヤけてしまった顔を隠した。
「何言ってるの? 親睦だよ、し・ん・ぼ・く! それに、柴田くんが奈美の事が好きなんだって、だから……」
 そこまで言って、莉世はハッとした。
「 一貴! 彰子に彼氏がいるってバレちゃった。もう、一貴がメールや電話する回数が多いせいだよ」
『……三崎はそりゃあ、察知するだろうな。だが誰かはまだ知らないんだろ?』
「うん……」
『気にするな』
 莉世はムッときた。
「何よ。一貴のせいじゃない! もう、知らないっ
 莉世はブチィと消すと、電源も消した。
 一貴を見上げてプイッと顔を背け、後ろを振り返った。
 すると、古賀がちょうどこっちへ向かってくるところだった。
 
 
 ビックリした表情で古賀を見ると、彼は苦笑いした。
「向こうで、三崎に早く呼び戻して来いって言われてさ」
 莉世は、彰子が何故古賀を呼びに行かせたか、何となくわかった。
 古賀の態度を見ろって言ってるんだ。
 莉世は、ため息をつきたかった。
 彰子のこういうのは、止めて欲しい……。
「行こうか、彰子たちが待ってるんだよね?」
 古賀は照れたように笑い、ふとその視線が莉世の肩へ移ったかと思うと、眉間を寄せて、ジィーと見つめた。
「桐谷? 肩に毛虫が」
 け、毛虫?
 莉世の顔は一瞬で血の気が引き、頭はパニックに陥った。
「きゃぁ〜! 嫌っ! お願いっ、取って、取って、取って、」
 莉世は、古賀の腕を捕まえるなり、抱きつくように躰を押しつけた。
 絶対肩は見れない!
 顔を背けて、肩先を古賀に見えるようにする。
 莉世の目に涙が浮かんできた。
「お願いっ、古賀くん取って、早く取って……お願いっ!」
 慌てふためく莉世のせいで、古賀の手は思うように動かなく、やっと取れた時は、莉世の頬は涙で濡れていた。
「取れたよ。……別に泣くほどでもないのに」
 莉世はポケットからハンカチを取ると、涙を拭った。
「だって、嫌いなんだもの。古賀くんは男だから大丈夫かも知れないけど……」
 古賀は、照れたように笑った。
「俺は、抱きついてきた桐谷の方が怖かったな。……やっぱり帰国子女なんだって、納得した」
 莉世は、ビックリして古賀を見つめた。
 
 抱きつく? わたしが古賀くんに?

2003/03/31
  

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