『ココロ、流れるまま』【7】

 ……何で、こんなに躰が温かいんだろう。
 ……何で、こんなに躰が怠いんだろう。
 
 
 誰かが、背を優しく撫でた。
 莉世の口から、甘い吐息が漏れる。
 その手はだんだん下がり、お尻を包み込む。
 しばらくその場で動かしていたが、焦れたように前へと回り込み、乳房の膨らみを掌で乳房を包み込んだ。
 莉世の躰が、ピクッと震えた。
 誰? ……誰かが、わたしに触れてるの? ……触れてる?
 莉世は覚醒するように、ゆっくり瞼を押し上げた。
 すると、目の前にいたのは、真剣に見つめていた一貴だった。
 えっ? どうして一貴がここに?
 そこまで考えて、莉世は二人が愛し合ったのだという事を思い出した。
 莉世の頬は自然と緩み、幸せそうに微笑んだ。
 
「やっと目が覚めたか?」
 一貴は、莉世の乳首を撫で上げると、たちまち反応してキュッと突き出た。
「ぁっ」
 その反応に、一貴は笑った。
 莉世は頬を染めながら、一貴の首に手を伸ばして触れた。
「わたし……どれくらい眠ってたの?」
「そうだな、30分ぐらいだろ」
「良かった」
 乳房に触れていた手が、莉世の腰に回されると、グイッと密着させるように側へ引き寄せた。
「っあ!」
 一貴の興奮した自身が、莉世のお腹を突いてきたのだ。
 一貴は、もう一度わたしと愛し合いたいの?
 そこまで考えて、莉世はその問いに笑いたくなった。
 もしそう言えば、まるでわたしがえっちをしようと、誘ってしまう事になるじゃないの。
 莉世は、まだ自信がなかった。
 一貴は、わたしを愛してると言ってくれた。
 わたしに、この部屋へ入る権利もくれた。
 でも……それでもまだ、莉世は一貴に対して何故か自信が持てなかったのだ。
 一貴が、もっときつく莉世を抱き寄せた。
 どんどん大きくなる一貴自身が、グイグイと莉世のお腹を突いてくる。
 莉世が一貴を見上げると、一貴は真剣な表情で莉世を見つめていた。
「仕方ないだろ? お前は無邪気に裸体を晒しながら、横でスゥースゥー寝ていたんだから。俺が、いくらお前の躰に触れても起きないし」
 そそり勃つ一貴自身は熱を持って脈打ち、莉世の躰に火を付ける松明のようだった。
 
「莉世……」
「何?」
 莉世の秘部は、もうしっとりと濡れてきていた。
 それは触られるという予感と、一貴の欲望を垣間見たせいだ。
「お前の……生理はいつだ?」
 莉世は、その予想もしなかった言葉にビックリして、一貴を見上げた。
「ど、どうして? 一貴に、言わなくちゃいけないの?」
 驚いている莉世に、一貴はどんどん眉間を寄せ、その瞳には怒りさえ表れてきた。
「本気で言ってるのか? 俺とお前はもうこういう関係なんだ。男と女の関係なんだぞ? セックスをするという事は、ただ快楽を求めるだけじゃない。俺と莉世の間では愛し合うという事なんだ。だから俺は、お前を守らなければいけないんだ」
 守る?
 莉世は眉間を寄せて、その言葉の意味を知ろうとした。
「っくそっ! 莉世……俺はお前を守らなくちゃいけないんだ。だが俺はさっき、お前に避妊を………コンドームを付けずに、俺はお前の膣(なか)で全てを吐き出してしまった」
「えっ?」
 一貴の言った意味が徐々にわかってくると、莉世の表情が一気に青ざめた。
 莉世の脳裏に、あの言葉が入り込んできた。  
 
「ねぇ、一貴……、私、今日大丈夫な日だから、付けなくても」
「俺は、そんな安受け合いは、絶対にしない。十分知ってる筈だろう、響子」
 
 一貴は……わたしにコンドームを付けてくれなかった。
 響子さんには忘れず付けたのに、わたしには避妊をしてくれなかった!
 莉世は、その扱いの違いに呆然となった。
「いつなんだ? 次の生理はいつくるんだ?」
 莉世は意識を一貴に集中すると、先月あった生理を思い出した。
「多分……あと4日前後で」
 莉世のその言葉に、一貴ははぁ〜と息をついた。
 そして、莉世の上にドサッと覆いかぶさると、莉世の首に顔を埋めた。
「良かった、本当に良かった!」
 莉世は、自然と一貴の柔らかい髪に触れた。
 一貴は……わたしが妊娠の危険がないと知って、自分の失敗が何事もなくいきそうだと知って、こんなに安心したのだろうか?
 それとも……?
 
 
 一貴の興奮した証はとても硬く、今も莉世の柔らかい肌をグイグイと突いてくる。
 だが、莉世はどんどん躰が……ココロが冷たくなっていくのがわかった。
 今は駄目……その理由を考えちゃ駄目!
 一貴は、莉世から躰を起こすと立ち上がった。
「このままお前を抱いていたら、また欲しくなってしまう。それに、このままだと俺はお前を朝まで何度も抱いて、帰せなくなってしまう。もう20時過ぎだ、お腹すいたろ? 何か食べに行こう。いや、何か出前を取ろうか……お寿司がいいか?」
 莉世は、お寿司が大好きだった。
 でも、今この不安定な気持ちまま、嫌な思い出があるお寿司を食べる事なんて出来ない。
 莉世は、頭をフルフルと振った。
「わたし……ピザが食べたいな、ダメ?」
 一貴は裸体を気にする事なくニコッと笑うと、莉世の唇にゆっくりキスした。
「お前の食べたいものなら、何でも……」
 その優しさに、莉世の胸がギュッと痛くなった。
「よしっ、いろんな種類が食べれるクォーターのヤツにしよう」
「でも、お願いだからクリスピータイプにしてね?」
「わかってるよ」
 一貴は、興奮して勃起しているのにもかかわらず、隠そうともしないでそのままキッチンへ向かった。
 
 
 莉世の表情が、スゥーと消えた。
 遠くから、一貴が電話をしているのが聞こえてくる。
 でも、莉世の頭の中は……一貴が発した言葉だけが渦巻いていた。
 
「っくそっ! 莉世……俺はお前を守らなくちゃいけないんだ。だが俺はさっき、お前に避妊を………コンドームを付けずに、俺はお前の膣(なか)で全てを吐き出してしまった」
 
 天井を見上げていた莉世の目尻から、涙が流れた。
 どうして? どうして、わたしにはコンドームをつけてくれなかったの? 
 ……響子さんは、守るほど愛していたけど、わたしは守るほど愛してないっていう事?
 莉世の唇が、わなわなと震えた。
 コンドームを付けなかったから、悲しいんじゃない。一貴が一人でセックスしたわけじゃないんだもの。わたしと二人でセックスしたんだから、わたしにもその責任はある。
 だから、この事で一貴を責めたりなんかしない!
 わたしが言いたいのは……。わたしが言いたいのは、どうして響子さんにはコンドームを使って、わたしには使ってくれなかったのか……っていう事!
 その事実が、とてもくやしくて、辛くて、苦しくて。
「っんぃくっ」
 莉世は、枕に顔を押しつけた。
 泣き声が……嗚咽が一貴に聞こえないように。
 わかってる……あんな美人の響子さんに太刀打ち出来る筈がないって。
 一貴の愛情が……響子さんよりわたしの方が劣ってるって。
 一貴がわたしを愛してくれてる気持ちは、わたしが想う気持ちと全然違うって!
 こうして一貴の側にいれば……二人の愛情の大きさの違いが目につくだろう。
 そして、わたしはどうしても……響子さんとの違いを比べてしまう!
 苦しぃ、こんなの堪えられない。じゃぁ……一貴と別れる?
「ぅぅうっ!」
 莉世は、強く枕を抱いた。
 ダメ……そんな事絶対出来ない。一貴と離れるなんて、絶対イヤ!
 
 莉世は、大きく息を吸うと起き上がり、ヘッドボードに凭れて涙を拭った。
 わたしは、一貴の逞しさを知ってしまった。
 わたしは、一貴の力強さを知ってしまった。
 わたしは、一貴がわたしを愛してくれる、優しさを知ってしまった。
 そして何より……わたしが、一貴だけしか愛せないという事がわかってしまった!
 ……響子さんに対抗するって事が間違いなのよ。
 あんなに綺麗で、お嬢様で……全くわたしとは正反対の女性。
 莉世は何度も深呼吸をして、決心した。
  わたしの気持ちより劣っていてもいい……一貴がわたしを愛してくれているなら、わたしはその愛をこの身に一身に受けよう。
 ……もし、一貴がわたしと別れたいと言えば……その時は、仕方ない。
 でも決して……わたしからは、絶対一貴から離れない! だって……だって、わたしは一貴の側にいる事だけが、幼い頃からの夢だったんだもの。
 
 その時、一貴が部屋へ入ってきた。
 一貴はすっかりシャワーを浴び、きちんと服を着ている。
「お前も来るかと思ってたんだぞ?」
 途端、一貴が眉間を寄せて、鋭く莉世の顔を見た。
「お前、泣いていたのか?」
 一貴の声が、急に強ばった。
 莉世は慌てて隠すように、近づいてきた一貴の首に抱きついた。
「大好きだよ、大好きだよ、一貴」
 一貴は驚いたのか、しばらくそのままだったが、ゆっくり莉世の滑らかな肌を抱いた。
「わかってる……わかってるよ、莉世」
 一貴の声は力強く、それでいて優しさがこもっていた。
 莉世は、一貴の躰から身を離すと、へへへっと笑った。
「わたしもシャワー浴びてこようかな。終わった頃、ピザが届くだろうし」
 一貴は何かを探るように、しばらく莉世の表情をジィーと見ていたが、諦めたように息を吐くと、落ちていたベビーピンクのガウンをとってくれた。
 そして、ニヤッと笑った。
「次からは絶対一人で入らせないからな」
 莉世は、一貴の言葉に驚愕した。
 でも、ガウンを羽織り、ベッドから立ち上がるとニコッと笑った。
「それはしばらく無理ね。だって、わたしの生理がもうすぐ始まるもん」
 一貴は驚愕すると、莉世を観察するように見つめた。
 莉世はフフッと笑って、逃げるようにバスルームへ走った。
 
 残された一貴は、力が抜けたように、ドサッとベッドに座った。
「あいつ……俺を狂わせる気か?」
 驚きと悦びが入り交じった複雑な心境で、一貴はボソリと呟いた。
 そして、ベッドからの甘い香り……莉世の甘い香りの移り香を、一貴は鼻腔を広げて思い切り胸に吸い込んだ。
 ……莉世の全てを愛おしむように。
 
 
 莉世は、躰を拭きながら再び裸体を姿見に映した。
 そこには、もう自信がなかった女の子はいない。
 一貴に愛された痕を胸に咲かせた、わたしがいる。
 莉世は、あの決心を忘れないように決めた。
 この幸せを……自ら不幸にするような事は決してしないと。
 
 脱衣籠には、制服と下着が置かれていた。
 またも一貴の優しさを垣間見た。
 この部屋に入ってから、たくさんの事が起こった。
 なのに、一貴はわたしの制服までちゃんと気遣ってくれて……。
 愛で溢れそうになるココロを、莉世はギュッと拳を握って胸に当てた。
 しばらくしてから、莉世はブラとパンティを身につけ、制服を着た。
 しかし、上着だけは腕にかけて、一貴がいるリビングへ向かった。
 
 
 一貴は、お皿やグラスを用意していた。
 莉世は上着をソファの所に置くと、そこに置いたままのベビーピンクの携帯を手に取った。
「お前、使い方わかるよな?」
 後ろから声がして振り向くと、一貴の驚愕した……怒りが含まれているその目が、莉世の全体を鋭く観察していた。
「莉世、お前のスカート短すぎじゃないか? それに……その胸、乳房を強調しすぎる!」
 その激しい口調に、莉世は自分の姿を見下ろした。
 確かにスカートは短すぎると思うけど、実際、彰子やクラスメートと何ら変わりはない。
「皆と一緒だと思うけど?」
「何だと? どこが一緒なんだ。まったく自覚してないんだな。……そんな格好だと、あいつらどもが、お前を!」
 莉世は一貴を睨んだ。
 ひどい……ひどいよ、皆と一緒じゃない。何が違うっていうのよ! 
 バカッ、バカッ……一貴の馬鹿!
 
 莉世は、プイと横を向くとソファに座った。
 一貴は後を追うように、莉世の間近にドサッと座ると、缶ビールを開けグラスに注いだ。
 莉世は一貴を無視し、折り畳み式携帯を開けた。
 登録されてる番号1を押した。
 すると、ガラスのテーブルで一貴の携帯がブルブルと震え曲が鳴った。
 莉世の頬が緩み、心からの微笑みが出た。
 わたしと一貴が繋がっている。それも、1番という番号で!
 消して、また押すと、再びテーブルの携帯が鳴る。
 莉世は、ニコッとしたまま一貴を見るが、一貴は莉世が見ているのを知っているのに、知らん顔をしてビールを飲んでいた。
 どうして、携帯が鳴ってるのに、出ようとしないんだろう?
 誰か……女の人からだと思ってるの?
 莉世の表情が曇った。
 途端、一貴が莉世に視線を合わせた。
「どうして、携帯出ないの? わたしがいたら……出れないとか?」
 一貴は眉間を寄せ、莉世の心を読むかのように見つめた。
「お前……何をそんなに気にするんだ? お前が気にするような事、一切ないだろ? それに、お前が俺の携帯を鳴らしてるのに、わざわざ取る必要もない」
 莉世はビックリした。
「どうして? どうして、わたしからのだってわかったの?」
 グラス越しから、一貴は莉世の目を捕らえた。
「……お前専用の曲だからだよ」
 莉世の目が喜びで、輝いた。
「本当に? わたし専用なの? じゃぁ、じゃぁ、わたしのも一貴専用の曲って出来るの?」
 その問いに、一貴の険しかった表情が、ゆっくり和んできた。
「あぁ、出来るよ」
「本当? じゃぁ、わたしも一貴専用の曲ってするね! ………あっ、そうだ、まだコノお礼言ってなかったね。ありがとう、一貴……すっごく大切にする」
 一貴は、ゆっくりグラスをテーブルに置くと、莉世の顔に近づいてきた。
「俺は言葉じゃなく、態度で示して欲しいけど?」
 一貴のその掠れた声に、莉世は躰がブルッと震えた。
 わたしは……一貴の恋人になったのよ。
 そう、わたしたちは、恋人同士……だから立場は同じなんだ。
 莉世は、一貴の頬を優しく包むと、薄く開いた唇に自分の唇を押しつけ、軽くついばんだ。
「ありがとう……一貴」
 莉世の声も、欲望で掠れていた。
 一貴はすぐさま莉世の乳房を、ブラウスの上から触れた。
「っぁ!」
「やっぱり、お前自覚ないな……」
 そういうと、一貴は莉世の唇を奪った。
「ぅんん……ぁ」
 一貴が莉世の一番上のボタンを外した時、チャイムが鳴った。
 
 
 一貴は、その音が響くと同時に、ガクッと頭を下げると、ゆっくり息を吐き出した。
「ったく、最悪。あぁ、きっとピザだ。……佐伯さんに言っといたから、もうそこまで来たんだろう」
 確かにその音は、エントランスで鳴る音ではなく、玄関でのチャイムの音だった。
 一貴が玄関へ向かうと、莉世は急いでボタンを止めた。
 はぁ、一貴に触れられるだけで、わたし躰が溶けちゃう……どうしよう。
 それは、本当に深刻な問題になりつつあった。
 
 途端、玄関から大きな声が響いてきた。
 な、何?
 莉世は振り返り……扉を見てると、その扉が大きな音を立ててバンッと開いた。
 莉世はハッと息を飲んだ……そこ現れた人物を見て、驚愕せずにはいられなかったからだ。
「卓人! どうしてここに」
 卓人は、口で粗く息をつきながら、莉世を見つめた。
 怒りで燻る目はぎらつき、莉世の全てを見るように、視線を上下へと走らせた……

2003/03/25
  

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