番外編

『Relationship』【1】

side:一貴
 
「水嶋……ちょっとはさ、年上をタテルという言葉を身につけたらどうだ?」
 居酒屋で、片手にビールを持った同僚33歳の片瀬駿が、一貴に向かって言った。
「今さら無理な話だな。俺にあんな態度を取った……お前が悪い」
 ニヤリと笑いながら言うと、片瀬は呻き、ビールジョッキからは手を離さないまま、空いた手で頭を抱え込んだ。
「くそっ〜、あの時は魔がさしたというか……俺も酔っぱらってたんだよ!」
 まぁ、確かに酔っぱらってはいたな。
 ヤケになってビールを煽る片瀬を見て、一貴は諦めに似たため息をついた。
 
 ちょうど4年前……俺が23歳、片瀬が29歳の時……か。
 そういえば、あの時もココだったよな。
 
 
* * * * *
 
 
――― 4年前の春。
 
「湯浅みつるです。よろしくおねがいします」
 
 大学卒業したみつるが、俺と同じ職場を選んだ。
 その事については、別に何の不思議もなかった。
 響子の後ろを追いかけながらも、本当は俺の後ろを追っていた……みつる。
 確かにいい女だ……響子が取りまきの一人として、優しく迎え入れていたのも頷ける。
 プロポーションはいい、連れて歩く分にも問題がない。
 ただ……もし、みつると何らかの関係をもてば、一生俺から離れようとしないだろう、という事ぐらいわかっていた。
 みつるに手を出すのは間違いだと。
 新しく入った先生方の歓迎会で、一貴はビールを飲みながら片隅に座っていた。
 どうせ、あと7年もすれば教職を辞めなければならない。それなら、別に誰とも親しくなる必要はないというわけだった。
 
 値踏みするように見ていた俺の目を、みつるが直視してきた。
 その誘うような目は……完全に俺との関係を望んでいる。
 一貴は、その誘いをはねつけるように目を細め、視線を逸らせた。
「水嶋先生……」
 呼ばれた方へ視線を向けると、それは同じ英語科の片瀬だった。
「何ですか、片瀬先生?」
「一目惚れって……信じるか?」
  語りかけてくるような片瀬の瞳に、一瞬ひきそうになる。しかし、人生の先輩という事もあり、丁寧に答えた。
「俺は……信じませんね」
 片瀬は驚愕し、一貴を凝視した。
「一度もした事がないのか? 小さい頃からも?」
 一貴は、辛辣にならないよう自分を押え込み、息を吸った。
「ありませんよ。俺は、外見だけで女を好きにはならないんで」
「へぇ〜、やっぱりクールなんだな」
 クール? 俺が?
 一貴は、その言葉を反芻しながら、冷たいビールをゴクゴクと流し込む。
 いや、俺はクールとは程遠い存在だ。
 クールだったら、俺が何もかも投げ棄ててアメリカへ行くわけがない……。たった一人の女の子に会いに行く為に、な。
 その時の複雑な感情が込み上げてきた為、それを追い払うように再びビールを飲んだ。
 
「一目惚れだよ……俺」
 まだ片瀬が話しかけてきている事に気付き、ジョッキを置いた。
「誰にです? ココにいるんですか?」
「当たり前だ! 湯浅みつる……綺麗だよなぁ〜」
 みつるに一目惚れ?!
 チラッと視線を泳がせると、みつるは独身貴族の先生たちに囲まれて迷惑そうにしていた。
 どうにかして逃げ出そうとして、助けを求めてる。
 そのみつるが、突然俺の視線を捕えた。
 パッと目が輝き、ココから連れ出してと伝えてくる。
 突然、みつるから逃れられなくなった場面を想像してしまい、思わず躰が震えた。
「俺が……手助けしましょうか?」
「水嶋先生が? ……出来るのか?」
「あいつ、俺の後輩で顔見知りなんですよ」
 突然、肩を抱かれた。
「本当か? でかした! ココにつれてきてくれよ、頼む」
 一貴は、重たい腰を上げると、みつるの方へと歩き出した。
 みつるを俺から引き離す為じゃない、片瀬先生の為……にだ。
 
 
「一貴さん!」
 まるで、白馬に乗った王子様扱いをされて、気分が悪くなった。
「あぁ……。久しぶりに話さないかと思って」
「行きます!」
 文句を言う他の先生たちを振り切り、俺の腕に触れてきた。
 自然と……それでいて拒絶だとはっきりわからせるように、腕を引いた。
「向こうへ行こう」
 みつるを連れて、一貴は片瀬の側へ行った。
 
「あっ、こちらは俺と同じ英語科の片瀬駿先生」
「初めまして、よろしくお願いします」
 二人は手を取って握手を交わす。
 しかし、みつるはすぐに片瀬から顔を背けて一貴を見た。
「わたし、一貴さんがここへ勤めたのを知ってから、ずっとココの先生になりたかったの」
 俺は、肩を竦めるしかなかった。
「響子さんと別れてから、今誰か特定の方が……いるの?」
「いや」
 だから、みつると話したくなかったんだ。
 ふと、みつるの後ろから片瀬の鋭い怒りの目が睨み付けてきた。
「片瀬先生……先生って確か独身でしたよね?」
 突然、二人の話を打ち切った為、みつるが口を微かに尖らせた。
「あ、あぁ」
「先生って、何歳でした?」
「俺は……29歳」
「なら、そろそろ結婚とか、考えてるんですか?」
「もちろんだ! まぁ、相手がいれば、な」
 照れたように頭に触れながら、その視線はチラリとみつるを見ている。
「なら、俺みつるを薦めますよ。みつるを“妹”のようにずっと見てきましたから」
 みつるが、突然一貴を凝視した。
 その視線をあえて逸らしたまま、片瀬から目を離さなかった。
「俺、ちょっと向こうへ行ってきます。片瀬先生、みつるの相手よろしくお願いします」
「まかせとけ!」
 一貴は立ち上がると、みつるの視線を最後まで避けて、座敷から出て行った。
 
 
 なんで、俺が仲介人みたいな真似をしてるんだ?
 空いてる座敷の一つを借りて中に入ると、タバコに火をつけた。
 
“妹”……のように、か。
 確かに、みつるは俺にとって、そういう存在でしかない。
 いくら綺麗で人目を惹く美人でも。
 なら、何故莉世は違うんだろう?
 あいつは、確かに俺にとって妹同然だった……その筈だった。
 それが、今では俺の大切な女となって、俺の心の中に住みついてる。
 何故だろう? 俺は莉世のオムツだって替えた事があるというのに。
 不思議だな……
 煙をフゥ〜と吐き出す。
 あいつ、日本へ帰ってくるんだろうか? あのまま、大学まで行ったきりって事になったら……俺はどうするだろう?
 瞼を閉じ、自分に問いかけた。
 途端、胸がザワザワと騒ぎだした。
 ……駄目だ。絶対日本へ、俺の元へ戻らせる。
 アイツは、俺の大切な…大切な…。
 意思を固めるかのように、勢いよくタバコを消すと、注文ボタンを押した。
 騒がしい歓迎会には、もう戻る気がなかったからだ。

2003/10/01
  

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