開設5周年記念・特別作品(2013年再掲載)

『Te amo 〜愛してる〜』【番外編】

side:フェルナンド(ミスター・サンチェス)
 
――成田空港、エールフランス専用ラウンジ。
 
 杏那はいつ来るのかと、エンリケが入り口付近で右往左往している。
 フェルナンドとイレーネはラウンジの豪華なソファに座り、そんな彼の姿を眺めていた。
『杏那が来るはずないわ。エンリケに愛されていないと知ってるんだから』
 フェルナンドは膝に置いていた雑誌を横のテーブルに置くと、口の悪い彼女をジロリと睨む。
『イレーネ、それが嘘だというのはもうわかっているだろ? エンリケがひとりの女性に、あれほどの想いを向けたことが、一度としてあったか?』
『それをわたしに言えって?』
 イレーネは目を三角にし、フェルナンドに怒りの矛先を向ける。
 それを受け、フェルナンドはしれっとして口角を上げた。
『別に言えとは言ってない。ただ……一番良く知っているのは、エンリケと付き合ったことのある女だけだ』
 イレーネは顔を背け、ファッション雑誌のページをくしゃくしゃに握った。
『わたしは愛してるのよ! なのに、杏那が横から……っ!』
『イレーネ、もうやめるんだ』
 フェルナンドの言葉に、イレーネが怒りの形相を向ける。彼女の瞳は、涙で潤んでいた。
 女の武器を使った涙ではない。本当に悔しくて流す涙。
 それほど、イレーネはエンリケを好きだということだろう。それでも、その恋はもう報われはしない。
 
『杏那っ!』
 
 突然響いたエンリケの声に、フェルナンドとイレーネは同時に立ち上がった。
 慌ててエンリケを見るが、彼は既にラウンジから飛び出していて杏那を抱きしめていた。
 ふたりが会えたことに、フェルナンドはホッとした。
 杏那は絶対に空港へ来てくれると信じていたが、搭乗手続き終了間近になると、そうも思っていられなかった。
 エンリケも同じような気持ちを感じていたのだろう。
 彼は杏那と会えなかった時のために自分の気持ちを手紙に綴り、それを空港の郵便ポストに投函したからだ。
 
 良かった。……本当に良かったな、エンリケ。
 
 杏那と言葉を交わす姿を見て、フェルナンドは心からの笑みを浮かべた。
 だが、隣にいたイレーネはそうではなかった。
 急に走り出そうとしたので、フェルナンドはすぐに彼女の肩に手を置いて動きを制した。
『もういい加減にしないか。その態度が、エンリケを遠ざけたんだとわからないのか? もう何をしても無駄だ』
 反論しようとイレーネが何かを言いかけるが、口を噤み、エンリケの姿を目で追いかけた。
 彼女の目線の先を追い、フェルナンドもそちらを見る。
 エンリケと杏那は、周囲には目も暮れずお互いだけを見つめている。
『肌身離さず付けていたペンダント――』
 イレーネの言葉に、フェルナンドは横を向く。彼女はまだエンリケを見ていたが、その瞳には諦めに似た光が宿っていた。
『他の女と楽しんでいる時にも、決して外さなかったし、触れさせもしなかった。でも今は……エンリケの胸元にはなく、杏那の胸元にあるのね』
 悲しげに口角を下げて、自嘲するように笑うイレーネ。
『わたしね、本当に……本当に杏那のあの場所が欲しかった。でも……もういい! わたしに振り向かないエンリケなんて、こっちから願い下げよ!』
 彼女はモデルのように背筋を伸ばしてソファへ戻り、そこに座る。
 でもイレーネは下を向いて、肩を震わせていた。
 フェルナンドは彼女の傍へ行き、その肩を優しく叩く。
『男はエンリケだけじゃない。君には、君に合う男がどこかにいるはずだ』
 
 エンリケを諦めてくれて、本当にありがとう。
 
 フェルナンドはそんな思いを込めて、もう一度彼女の肩を掴んだ。そして、その手を離すと背を向けた。
 素晴らしい瞬間に立ち会いたくて、エンリケたちのいる方向へ駆け出す。
 エンリケが杏那にプロポーズし、それをSi≠ニ受ける杏那の言葉を聞きたくて、ふたりを一番に祝福したくて……

2008/04/14
2014/01/05
  

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