開設5周年記念・特別作品(2013年再掲載)

『Te amo 〜愛してる〜』【18】

side:エンリケ
 
 エンリケは、隣で眠る杏那を愛おしそうに見つめていた。
 ふたりが結ばれたあと、酷使した躯を温泉で癒し、そしてこの離れへ戻ってきたのだ。
 杏那は本館へ帰ろうとしたが、エンリケがそれを押し止めた。
 彼女を二階のベッドルームへ運ぶなりベッドへ押し倒し、服を脱がせた。
 もう一戦交えるのかと驚いたようだったが、エンリケはただ素肌を絡ませて、温もりを感じて眠りにつきたかった。
 もちろん、エンリケ自身を杏那の膣内へ埋めた時、かなり痛がっていた件もある。
 
 無理をさせたくない。愛しているからこそ、杏那を大事にしたい……
 
 セックスを求めないとわかり、杏那はエンリケに擦り寄って眠りについた。
 逆にエンリケは、杏那の柔らかな肌と零れる吐息に興奮しきって眠れなかったが……
 既に朝の8時を過ぎているが、杏那はまだ熟睡している。
 エンリケは彼女を起こさないようベッドを抜け出し、裸の上にバスローブを羽織り、ドアを開けた。階下を見下ろすと、フェルナンドが優雅にコーヒーを飲んでいる。
 だが、人の気配を感じたのだろう。
 エンリケに気付くなり、彼は清々しい笑顔を向けた。
 昨夜は上手くいったみたいですね――と言わんばかりの眼差しに、エンリケは苦笑いを浮かべて階段を降りる。
『今日のスケジュールは、全て取り止める。杏那と一緒に過ごしたいんだ』
『良かった……、本当に良かった!』
 心から祝福を示すように、フェルナンドは両腕を広げてエンリケに近寄る。
『フェルナンドのお蔭だ……。昨夜は、今までに感じたことのないほど素晴らしかったよ』
 男にしかわからない想いを目で伝え合い、ふたりは抱き合った。
 
 
side:イレーネ
 
『あんなエンリケの笑顔、今まで見たことない……』
 男ふたりが抱擁を交わす姿を、階上で盗み見していたイレーネの顔が醜く歪む。
 しばらくじっと彼らを見つめていたが、ちらっとメインベッドルームに目を向けた。
 
 あそこに、杏那がいる……
 
 イレーネは足音を立てないよう気を付けて、そっとドアを開いた。
 想像していたにもかかわらず、目に入った光景に愕然となる。
 一方のベッドは全く乱れはなく、シーツがピンっと張ったままだった。もう一方のベッドのシーツは乱れに乱れていた。そのベッドに、満ち足りた表情を浮かべて眠る杏那がいた。
 男女の絡み合った濃厚な空気が、部屋に充満している。
 入りたくない、現実を見たくない!
 そう思っているのに、イレーネの足は引き寄せられるままベッドへ向かう。
 足を止め、眠る杏那を見下ろした。
 露になった肩、二の腕、そして胸の谷間を見て、シーツで隠れた部分は裸だというのがわかった。
「う……、ん……」
 杏那の呻き声にビクッとする。だが、彼女が躯を動かした拍子にシーツがずれ、また違った驚きに見舞われた。
『う、そ……。あれ、全部エンリケが!?』
 イレーネの目に飛び込んできたのは、彼女の肌に咲いた、無数の赤い花。それだけではない。花の周囲には彼の髭が柔肌を擦って薄ら上気したように赤くなっている。
 イレーネは、唇を奮わせながら杏那を睨み付けた。
 エンリケとは何度もベッドを共にした。杏那には負けないほど、激しく、情熱的に、互いに欲望のまま淫らに絡まり合った。
 でも、エンリケはイレーネに所有欲の証をつけたことは一度もなかった。
 欲望に駆られるまま肌に残してほしいと恋い焦がれていたのに、エンリケは決して箍を外さなかった。
 
 悔しい! その場所は得るのは杏那ではなく自分だったのに!
 
 でも、大切なエンリケの隣を捨てたのは、イレーネだった。
 エンリケにはない地位、権力に心が揺らいだばかりに、最愛の人に背を向けてしまった。
 結果、エンリケはイレーネの選んだ男性よりも出世し、さらには国内では独身貴族の御曹司のひとりとして名が上がるほどになってしまった。
 今は財力や権力なんてどうでもいい。ただ愛してくれた日々を取り戻したい。
 その一心で、イレーネは日本へやってきた。
 ずっと会っていなかった女性なんて、眼中にない。
 イレーネの美貌と地位、そしてセックスの相性があればやり直せる、再び振り向かせられると自信があった。
 でも、エンリケの意志は強かった。彼を虜にさせてきた女の色香を持ってしても、彼の目はイレーネを見ない。
 日本に来てから、全く上手くいってはいなかった。
 
 この女のせいでっ!
 
 イレーネの憎々しげな眼差しを受けているのに、全く気付かず眠る杏那。
 それを見ているだけでも腹が立つ。
 杏那は、エンリケと充実したセックスを味わったのだろう。
 あの魅力的な肢体や、張り詰めた筋肉、途切れることのない精力をその身に感じたから、こんなにも疲れ果てているのだ。
 色気も何もない、この小娘にエンリケを奪われてしまうなんて……
 
 違う。エンリケを悦ばせられるのは、杏那じゃない!
 
 諦めない。まだ、エンリケを手に入れるチャンスはどこかにあるはずだ。
 もし、彼の目をこちらに向けられないのであれば、杏那にだってエンリケを手に入れさせはしない。
 スペインに戻れば、チャンスはイレーネにある。
 
 その時、イレーネはふとあることを思いつき口元を緩めた。
 エンリケに杏那を諦めさせるのではなく、杏那が彼を諦めるようしむければいい。
 今は幸せな夢を見ていればいい。東京へ戻ったら、真実を教えるから。
 イレーネは杏那に背を向けてメインベッドルームを出ると、隣の自分の部屋に戻ったのだった。
 
 
side:杏那
 
 ああ、胸が重たい。でも、不快ではない。
 肌を優しく撫でられたと思えば、乳房を包み込まれ、湿った感触があちこちに広がる。
「……っぁ、んぅ」
 躯の芯が疼き始めてきた。勝手に至福の吐息が漏れる。
 でも、これは夢。早く目を覚まさなければ……
 杏那は夢うつつの中、ゆっくり瞼を開けた。真っ白い壁紙や、太陽の光が射し込む窓が視界に飛び込んでくる。
 
 ここは、どこ?
 
 ぼんやりしたまま目を彷徨わせた時、突然乳首を撫でられて杏那はビクッとした。
 慌てて視線を胸元へ向けると、そこには裸のエンリケがいた。
『おはよう、よく眠れたかい?』
 エンリケの一言で、一気に昨夜の出来事が甦る。
 杏那は恥ずかしくてシーツを引っ張り上げようとしたが、エンリケがしっかり脇に挟んでいて動かせない。
 あたふたする杏那を見て、エンリケは楽しそうに笑った。それでいて、彼は遠慮なく乳房に触れてくる。
 これだったのね、さっきの感覚は……
『……今、何時?』
『もうすぐ11時かな』
 11時!?
 杏那は、彼の手を振り払って起き上がった。片手で胸を隠し、部屋を見回して荷物を探す。
『どうして起こしてくれなかったの? ミスター・サンチェスが……イレーネがなんて思ったか!』
『気にすることはない。今日の予定は全てキャンセルした』
「えっ?」
 目をぱちくりさせる杏那には見向きもせず、エンリケはキスを求めて顔を近づけた。
 甘い口づけに呻きそうになるが、その前に彼がキスを止め、階下から持ってきていたオレンジジュースをグラスに注いで杏那に渡す。
 そこには、白い鈴蘭水仙が一輪添えられていた。
『これ、わたしに?』
『ああ。ふたりにとって初めての……朝だから』
 花を取ると、杏那は胸いっぱい香りを吸い込む。
 なんて細やかな気配りをしてくれるんだろう。
 男性と一夜を過ごしたあと、こんな風に想いを込められたプレゼントをされたのは初めてだ。
『エンリケ、ありがとう。とっても素敵だわ』
『お礼はキスでいいよ』
 優しく、それでいて愛情を込められた瞳を向けられると、ノーなんて言えない。
 杏那はエンリケを見つめながら顔を寄せ、そして彼に口づけた。唇を挟んでは、ゆったりとしたキスをする。
 その触れ合いにじれったさを覚えたのか、彼が呻き声を漏らした。
 キスを止めようとすると、エンリケが杏那の後頭部に触れて深いキスを求めてきた。
「……っんぅ」
 口を開けと要求される。息苦しさから空気を求めた瞬間、彼の舌が滑り込み、口腔を侵された。
 最初はそのキスを受け入れていたが、途中でエンリケの胸に手をあてて俯いた。
『ダメよ。イレーネもいるのに……』
『イレーネは関係ない』
「えっ?」
 関係、ない? どうしてそんな風に言うのだろうか。
『わたしなら、イヤよ。フィアンセが他の女性とベッドを共にしているなんて』
 杏那の言葉に対し、エンリケが反論しようと口を開いたが、すかさず頭を振る。
『そう言っているのに、わたしがエンリケと愛し合うなんておかしいと思うわよね? わかってる。でも、それができないから……イレーネが傍にいる時は、身を引かなければいけないって思うの』
 矛盾しているのはわかってる。でも、今話したのが杏那の気持ちだった。
 
『イレーネはフィアンセではないよ』
 
『ええ、そうでしょうとも。だから、わたしは……えっ?』
 今、エンリケはなんて言った?
 杏那は何度も瞬きを繰り返しては、エンリケを凝視した。
 そんな杏那を見て、彼はおかしそうに笑う。でもすぐに表情を改めて、真顔になった。
『イレーネはフィアンセでもなんでもない。確かに、昔……付き合ったことはある。でもそれは、数年前の話だ。今は関係ない』
『でも、それならどうしてフィアンセだなんて? ずっと黙認していたの?』
 気持ちを落ち着けようとしているのか、エンリケが一度深呼吸し、再び杏那と目を合わせた。
『実は、彼女をフィアンセにと言い出したのは俺の親族なんだ。それで、俺は彼女を無下にはできなかった。イレーネはこの日本で俺を落とさなければ、フィアンセと名乗れないと知っているから……あんなにも必死なんだ』
 でもエンリケは俺はイレーネとは付き合えないんだ≠ニは言わないんだ……
 杏那は彼から視線を逸らせた。シーツを胸元まで引っ張り、露になった乳房を隠す。
『杏那?』
 問いかけられても、杏那は振り返られなかった。
 
 もしかして、ふたりの恋の駆け引きに登場させられたただの女だったのだろうか。
 
 そう思ったが、杏那は心の中で激しく頭を振った。
 違う。エンリケはそんな人ではない。
『君は何も心配しなくていいんだ。俺だけを見ていてくれたらそれでいい』
 そっと面を上げ、エンリケの真摯な眼差しを見つめ返す。
 いいのよね? 何も考えず、ただエンリケだけを愛していれば……
『あなただけを見ているわ』
 エンリケはその言葉が嬉しかったのか、勢いよく杏那をベッドに押し倒した。
『ミ・アモール(愛しい人よ)=@……ああ、杏那がほしくてたまらない! ……明るい中で愛し合うっていうのはどうだろうか?』
 甘い囁き声に、杏那の躯は自然と期待で震え上がる。官能的に過ごした一夜が脳裏に浮かぶだけで、下腹部奥がキュンと疼いて火照ってくるのがわかった。
 今も彼を受け入れた秘所がヒリヒリして痛みも残っているが、彼に愛されたいという欲求の方が強く込み上げてくる。
 ああ、エンリケの愛を受け入れたい!
 でも、ひとつだけ知っていてほしいことがある。
『わたしも、エンリケと過ごしたい。……でも、知ってた?』
『うん? ……何を?』
 そう言いながらも、エンリケは杏那を抱きしめてキスの雨を頬に降らせ始めた。
 頬、耳朶、そして首筋に落としては、チュッと肌を吸う。
 くすぐったさと呼び起こされた快感のせいで甘い吐息を零してしまうが、すぐに彼の肩を落として距離を取った。
 
『あのね……、エンリケのモノはとても大きくて太いって』
 
 エンリケは杏那と目を合わせたまま、度肝を抜かれたような顔をした。
 でもすぐにお腹の底から声を出して笑い始める。
『俺のモノについてそんな風に言われたのは初めてだよ。だが、役に立たないと言われるよりいいね』
 まるで褒められたかのように誇らしげに笑うエンリケ。
 そんな彼を見て、杏那は唖然とする。でも、目を輝かせて愛おしそうに見つめられると、杏那は何も言えなくなった。
 口籠もる杏那に、エンリケはクスッと笑って顔を寄せた。
『杏那には俺に慣れてもらわないと……。また痛がらせるかもしれない。それでも俺に躯を開いてほしい。優しくするから』
『わかった。でも、最初は優しくしてね。まだヒリヒリしてるんだもの!』
 あからさまな発言に顔を赤らめる杏那を見て、エンリケは楽しそうに笑った。
『ああ、約束する。杏那を抱く時は必ず大切に想って抱くよ』
 その後、太陽が大きな窓から射し込んできても、ふたりは気持ちを伝え合うように激しく奔放に愛し合った。
 夕方、ミスター・サンチェスとイレーネが離れに戻ってきても、ふたりはまだベッドの中で肌を絡ませ、満ち足りた時間を過ごしていた。

2008/04/09
2013/11/12
  

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